標高 3190m

北穂高岳 北穂高岳 2002 奥穂高岳 西穂高岳





穂高のことをまとめようと思って作業にとりかかったが、穂高のピークは一つではない。

最高峰は奥穂高岳だが、この山頂を踏んだだけで穂高を登ったとはいえないだろう。

槍が岳の展望がすばらしい北穂高岳。吊尾根を通って至る前穂高岳。
そして、穂高の冬山入門コースの西穂高岳。
その他には、滝谷とか屏風岩の岩登りがあるのだが、私はロッククライミングができないので、これにふれることはできない。

私が初めて穂高岳を見たのは、松本に転勤してきた年の6月のはじめであった。
バスで上高地に行った。朝一番のバスに乗り、釜トンネルを抜ける頃に空が明るくなってきた。大正池でバスを降りて、そこから穂高をはじめて見た。
すごい、と思った。
大正池はそれこそ鏡のように静まっていて、朝の空気は澄みきっていた。雪を頂いた穂高がその鏡のような水面に映っていた。
本当に絵葉書そのものの光景が広がっていた。
日本にこんなところがあるのか、と言葉も出なかった。
かつて上高地は「神河内」と書かれたというが、まさしく神の宿る地だと思った。

穂高には、松本在住の5年間に何度登ったかわからない。
10月の中旬、北穂に登った。穂高には雪がついていて、その姿はまるでヒマラヤの岩壁を見るようだった。そして翌朝、雪を身にまとった穂高の岩壁が、朝焼けで本当に赤く染まるのをみた。山の荘厳さを痛いほど感じた。涙が出るような感動だった。
このときは北穂に登って、山頂から槍が岳の大パノラマを楽しんだ。

9月の末に、松本の職場の仲間と奥穂に出かけたことがある。
涸沢はすばらしい紅葉だった。ナナカマドが、何とも形容のしようがない鮮やかな赤をしていた。真っ青な空と紅葉に飾られた穂高の岩壁。もう何も言うことは無い。
このときは、奥穂から前穂に縦走して、岳沢を下り、上高地に帰ってきた。

槍から大キレットを経由して北穂まで縦走したこともある。
このときは、職場の山友達と2人ででかけた。上高地から槍沢を登って、槍ヶ岳の肩の小屋に泊まった。槍に登って、翌日北穂まで縦走した。
大キレットは、予想したほどにはたいしたことがなかった。
ところが、大変だったのはキレットから穂高への登りであった。これは怖かった。
今もあの時の岩場の怖しさを忘れることができない。
ようやくの思いでたどり着いた北穂。この日はここで泊まって祝杯をあげた。
小屋の売店でポケットウィスキーを買ってきて、しだいに暮れていく槍の景色を見ながら飲んだ。このときは、ポケットウィスキーを5本空けた。そうとう酔っ払ってしまって、それでも翌日二日酔いにならなかったのだから不思議だった。
翌日、奥穂に縦走した。
このコースも、足がすくむような岩場が続いていた。
奥穂からは涸沢に下ったが、穂高の岩場を満喫した3日間であった。

東京に転勤になってから、職場のみんなと上高地に遊びに来たことがある。
このときは、上高地散策と西穂登山の2つのグループに分かれた。
女性も含む7人のパーティで西穂に登った。
山頂で万歳をしたが、時間が遅くなってしまった。
途中からヘッドライトをつけて下ることになった。上高地の登山口に着いたときは本当に真っ暗で、ようやく予約していた宿にたどり着いたら、捜索隊を出される寸前だった。



























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