たかすやま

標高 416m
高祖神社→20分→一ノ坂礎石群→30分→下の城跡→5分→高祖山山頂→20分→鐘つき展望台コース分岐→30分→高祖如来→25分→高祖神社

わずか400m余りの山なのだが、歴史の山である。奈良時代に吉備真備がここに怡土城を築いたのだ。この山の登山は史跡巡りでもある。
山麓から高祖山

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2005年11月28日

さて、今日はもう一つ山に登る。

前原の近くの高祖山である。この山は遺跡の山である。
8世紀中ごろに吉備真備がこの山に怡土城を築いていて、このことは続日本紀にかかれている。山には土塁とか城門、望楼跡が残っているのである。
私は高祖神社から高祖山に登って、それから第二望楼跡まで縦走して高祖如来に下山するつもりである。
登山口の高祖神社に車を走らせる。神社の入り口には石碑があって、続日本紀の記事や、吉備真備が大宰府にあったとき、この城を築いたという説明板があった。
神社の駐車場に車を停めて歩き始める。まず、高祖神社にお参りした。この神社には神楽が伝わっていて、けっこう由緒あるらしいのだ、神楽殿の絵馬もすごかった。
神社からは車道をしばらくたどる。
曲がりくねった車道を少し行くと、左に登山道の入り口があった。階段の道が続く。
初めはヒノキの林の中を行くが、照葉樹林に変わると、ようやく一の坂礎石群につく。
ここは広場になっていて、礎石が散らばっている。あまり整然とした感じではない。
でも、この礎石から3間×2間の建物跡であることがわかっているらしいのだ。
ここからは道は急な登りになる。600mの急坂を登って下の城跡に着く。ここで稜線に上りついたことになる。高祖山山頂は右に行く。
200mほど急な道を上って、山頂広場に着く。樹林の中で展望かきかない。三角点もあるのだが、驚いたことに倒れて放置されていた。なんか気の毒。
この山頂は高祖城跡でもある。ちょっと複雑なのだが、奈良時代に築かれた城は怡土城で、中世にもこの山に城が作られている。それが高祖城である。中世に糸島地方を治めていた原田氏の居城だったらしい。
ここで休憩していたら、さっき追い越した登山者が登ってきた。地元の人で、話をしていたらみかんをくれた。そういえば、旅に出てから果物をまったくとっていない。ビタミンCを補給することができた。
さて、山頂から第二望楼跡まで縦走する。
照葉樹林の細い尾根を歩いて行くと展望が開けて、高祖山を望むことができた。
第二望楼跡は樹林のなかの広場で、何もなかった。
高祖如意に向かって下る。階段の急な道を下るとヒノキの林になって、舗装道路に飛び出す。しばらく行くと左にお寺があって、日蓮宗如意輪山妙立寺とあった。これが高祖如意のことらしい。
車道を下って行くが、どうも地図の道と違うような気がする。道であったおじいさんに訊いたら、下りすぎているらしい。道を間違えている。あわてて道を修正。
結局、神社に向かってかなり登り返さなければいけなかった。車に戻ったのは3時半であった。


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神社の参道と交わる林道を登る


登山道入り口


一の坂礎石群


高祖山山頂


第二望楼への縦走路


第二望楼





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