日本百低山 
きりとうやま

標高 1305m
登山口→20分→御岳大権現→5分→かっとり城跡→30分→霧訪山山頂→35分→登山口

往復で1時間半ほどで登れてしまう山なのだが、山頂からの展望がすばらしいのだ。北の方向には北アルプス、美ヶ原、南には中央アルプスを一望できる。うれしかったのは、昨日登った鉢盛山が見えたことである。
霧訪山山頂

BACK 鉢盛山

2008927

松本は本当に車が多くて、やたらと渋滞している。塩尻まで車を走らせたらマクドを見つけたので、ネットを使いながらこれから登る山の計画を練った。
今回は北アルプスの縦走を終えてすぐに帰るつもりだったが、せっかく信州まで来ているのにこのまま帰るのはもったいない。車もあるので、1ヶ月くらいかけて長野県と群馬県の山に登ることにした。
山と渓谷社が分県登山ガイドを発行しているのだが、その長野県の山をすべて登ってしまうことにした。塩尻の近くの山を探すと、木曽路に花の百名山に選ばれている風越山がある。でも、よく調べたらさらに近くに日本百低山の霧訪山があることに気がついた。せっかくなので、この山に登ってから風越山に向かうことにした。
あとは群馬県にある関東百名山をいくつか登ることにする。私が持ってきているパソコンには山の本がすべて入っていて、必要な情報をプリントアウトできるのだ。もちろんプリンターも持ってきている。
今夜泊まるところを探したら、塩尻に「道の駅小坂田公園」があったのでここで寝ることにした。

928

6時くらいに道の駅を出発した。霧訪山の登山口は伊那谷の入口の小野集落にあるのだ。
ここにはすごく立派な神社が二つ並んでいる。小野神社と矢彦神社で、小野神社が塩尻市に、矢彦神社が辰野町に属するのだ。信濃国二ノ宮で、神社の境内は鬱蒼とした巨木の杜で、これは長野県の天然記念物に指定されているのだ。
神社の近くに霧訪山登山口の案内標識があって、これに従って車を走らせたら登山者用の駐車場に着いた。
駐車場から農道を少し歩くと登山口があった。入口には霧訪山登山口と書かれた大きな横幕が張ってあって、すごく歓迎されているような気がした。
すぐに階段の急登が始まった。赤松林の中をまっすぐに登って行くのだ。
登山道のあちこちには「茸山につき入山禁止」の標識がある。松茸の林であるらしい。
登山口から10分ほど登ったところに「山頂まで1時間」の指導標があった。さらに急登が続き、息をきらせながら登って行くと「御嶽山大権現」と刻まれた石碑がたっていた。石碑の裏には文化八年(1811)と刻まれていた。
このすぐ先で道は平坦になって、送電線の鉄塔が見えた。登山道の横には「かっとり城跡」という案内がたっている。戦国時代は小笠原氏の重臣の居城だったのだ。
城跡から赤松林の中を少し下ると山頂まで
40分の標識があった。でも、ここからは急な登りになった。
急な道を登って行くと、青いトタンで覆われた三角家がたっていた。炭焼き小屋かと思ったら避難小屋と書かれている。でも、入口の戸は壊れてなくなっていて、中は床板もない土間であった。ここに泊まるのはちょっと遠慮したい。

山頂まで30分の指導標を見て、さらに急な斜面を登って平坦な尾根につくと、そこには山頂まで20分の標識があった。だんだん山頂が近づいてくる。
ロープが下がる急な道を登って、樹林から抜け出すと展望が広がる山頂であった。725分であった。
すばらしい展望が広がっていた。槍・穂高が見えるのだ。南には経ヶ岳が聳えていて、少しだけ空木岳が顔をのぞかせている。鉢伏山の奥には美ヶ原も見えた。
信州の山って、どんな低い山でも山頂からはすばらしいアルプスの展望が広がっているのだ。
山名の標識には「日本の中心地・分水嶺、名峰360度展望」と書かれていた。もっともである。
山頂には方位盤があって、これで周りの山々を特定できるのだ。目の前の山と方位盤の山名を確認しながら眺めていると飽きることがない。

大満足で下山を始めた。走るようにして下って、登山口に戻ったのは820分であった。


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BACK 日本百低山

塩尻の道の駅に泊まった


小野集落にりっぱな神社があった


霧訪山登山口


入山禁止の標識がいっぱい


御岳大権現の石碑


かっとり城跡の送電線鉄塔


山頂まで20分標識


霧訪山山頂






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