2009年晩秋山陰登山 
うしろやま

標高 1344m
松の木橋→35分→なめら行者像→30分→登山口→30分→石小屋→25分→行者コース分岐→30分→笛石山分岐→30分→後山山頂→35分→船木山→20分→鍋ヶ谷山→30分→駒ノ尾山→45分→ダルガ峰→50分→ちくさ高原ロッジ→1:15→西河内バス停

2年がかりで山陽山陰の山を登り続けてきたのだが、この後山がその100番目の山である。最後を飾るにふさわしいロングトレイルで、霧の中の山行であったが大満足の登山であった。
後山山頂

 松の木橋から登山口へ
泊まった駐車場


バス停の近くの路肩に駐車した


松の木橋で下車


登山道の入口


渓谷に沿って林道を行く


なめら行者の像に着く


登山口

BACK 日名倉山

2009118

「エーガイヤちくさ」でのんびり温泉に入っていたら、真っ暗になってしまった。この千種の町のCOOPで買い物をしようと思っていたのだが、閉店していた。このあたりは20時で店を閉めてしまうらしい。
今日は「道の駅ちくさ」に泊まるつもりであったが、その前にバスの時間を確認するために西河内のバス停まで車を走らせた。明日登る後山は縦走するつもりなので、バスを使うのだ。そのバス停が見つからなくて、ひっそりとした集落の中をなんども往復してしまった。
始発は642分であることを確認して、さらに駐車できるところも確認して引き返した。途中、灯りが煌々と照っている駐車場があって、トイレも併設されているので、道の駅まで走るのは止めて、ここに泊まることにした。

119

朝、615分に目が覚めた。あわてて身支度をして、車を走らせる。
西河内のバス停に着いたら2分前であった。でも、バスは少し遅れてやってきた。高校生が二人乗った。
バスが登山口のある松の木橋に着いたのは655分。少し引き返して松の木橋を渡ると、石碑や標識がいっぱいたっていて、霊水の販売機まであった。「教霊山登山口」という標識がある。後山はいろんな名前で呼ばれていて、この教霊山もその一つで、他に行者山とか板馬見山という名前もあるのだ。
登山道への入口には大きな鳥居がたっていて、その横にはりっぱなトイレもある。
鳥居をくぐって、舗装された道を歩いて行く。左には川が流れていて、7分ほど歩くとお堂が見えてきた。不動堂で、名前の通り中には不動明王が祀られていた。この道は修験道の道でもあるのだ。ここから少し行くと、左に橋がかかっていて、そこには笛石山登山口という標識がたっていた。
渓流に沿ってひたすら歩いて行く。なにしろ登山口までは1時間も歩かなければいけないのだ。鬱蒼とした杉林の中に入ったり、紅葉の林を過ぎたりして歩いて行くと、道が分岐するところに石像がたっていた。見た目は役行者なのだが、「なめらの行者」という標識がたっていた。右に分かれる道は板馬見渓谷荘となっているのだが、ロープを張って閉鎖されている。
ここから道は大きくカーブして急な登りになった。5分ほど行くと道は再び分かれるが、そこにはちゃんと後山の指導標があった。字カーブで急な斜面を登って行くが、困ったことに行く手の山は厚い雲に隠れていた。せっかくの縦走登山なのに、展望は期待できそうもない。
さらにひたすら歩き続けると、昨日見た「ちくさ
100年希望の森林」という石標がたっていた。
この先は道がすさまじく荒れていた。土砂が流れた跡のようで、道には折れた木や岩が散乱している。アスファルトの路肩が崩れていたので見上げたら
、上部が谷になっていて、そこから崩落してきたようである。これではとても車は通れない。
でも、これを過ぎたら普通の山道になって、もう一度、土砂の堆積を越えた先が登山口であった。広場になっていて、登山口には「後山・平成之大馬鹿門登山案内図」がたっていた。新しいものである。平成之大馬鹿門というのは、平成9年に設置されたもので、ラストで見るかぎり、現代彫刻のオブジェみたいなものである。
登山口には「西大峰山千種行者講道場」という標識もある。この山は修験道の山なのだ。



 登山口から後山山頂へ
二の沢の小屋


渓流を渡る


巨岩がそびえ立つ


一般コースと行者コースの分岐


笛石山・後山の分岐


行者コースとの合流点


後山山頂


登山口から山道を歩き始めたのは
8時ちょうどであった。鬱蒼とした杉林を登って行くと小屋が見えてきた。二の沢という標識があって、登山道はこの小屋の中を通り抜けるのだ。大峰山にもこんな造りがあったなぁと思った。この小屋の前には頂上まで2495mというやけに細かい距離をしめした標識があった。1m単位までどうして計ったんだと思ってしまった。
この小屋のすぐ先に「垢離取場」があった。修験者が滝に打たれる場なのだが、小屋はその為のもののようだ。

右に美しい渓流を見ながら登って行く。道は自然石の階段で、さすがに修験道の歴史を感じさせるものである。
5分ほど登ると、今度は炭焼き小屋のような三角屋根の小屋が見えてきた。避難小屋という標識があって、さらに宿坊跡という標識も掲げられている。でも、壁もなくて吹きさらしなので、とてもここに泊まる気にはならない。
この小屋を通り抜けたすぐ先で渓流を渡る。傾いた桟道を行くとこの渓流が滝をつくっていた。不動滝という標識がある。
滝の下で流れを渡るとそこからは丸太で組んだ急な階段である。杉林の中、この急な階段を登って行くと道には大きな岩が現れる。右手にすごい岩壁が聳えている。この下を通過した先に「石小屋」があった。岩壁の下の岩屋で、中に石仏が祀られている。いかにも修験道の山らしくなってきた。

岩が累々とする沢を左に見て歩いて行く。鮮やかな紅葉があったりして、美しい渓谷の眺めである。右にターンして、杉林の中をジグザグに急登すると、「平成之大馬鹿門」との分岐に着いた。私は一般コースを行く。
山の急斜面をトラバースするように歩いて行って、右から落ち込むガレ場を横切ったところに頂上まで
725mの標識があった。もうすぐだとおもったのだが、これは標識の端が欠けていて、そこに1の字があったのだ。1725mということである。
登山道は巨岩が累々とする沢の中を行くようになった。岩の上に沢ガニがじっとしているのを見つけた。かわいい。

岩だらけの沢から離れて、右の急斜面を登ると行者コースとの分岐があった。行者コースだと山頂まで980m、一般コースだと1600mであった。ここまでの一般コースもけっこう険しかったのに、行者コースはさらに険しいらしい。一般コースを行くことにした。軟弱者…。
急な斜面をトラバースして行くと、灯り岩という錆びた標識が地面にあった。見上げたがそれらしき岩はなかった。そこから少し上ったところに岩壁があったがこれのことだったのだろうか。

急な斜面をジグザグに登って行く。視界が開けて、行く手に山が見えるのだが、厚い雲が山頂を隠してしる。
ターンを繰り返して急斜面を登って林の中に入ると、霧に包まれた。林の中を少し登ると尾根の上に出て、そこには標識があって、尾根を左に下ると笛石山となっていた。林道歩きのすぐのところで見た笛石山登山口はここに上がってくるのだ。
尾根を登って行く。道の両側は背の高い笹藪で、ブナの林が続く。けっこうアップダウンがある道を行くと、指導標があった。これが行者コースとの合流点であった。ここから山頂までは330mとなっていた。やっと山頂間近になった。
背の高い笹藪の間を登り、ちょっとした岩場を越えるとやっと山頂であった。

山頂にはいろんな標識がたっているのだが、板馬見山という標識があった。これも後山の別名なのだ。三角点はかわいそうに頭がかけているのだが、三のじは読むことができた。霧の中で何も見えない。山頂には青いシートで包まれたものが立っているのだが、これは祠のようである。修理中なのだろうか。
ともかく山頂に着いた。時間は947分、少し休憩する。



 舟木山から鍋ヶ谷山へ
山頂からの降り口


船木山山頂


鍋ヶ谷山山頂


後山山頂から縦走コースを行く。まず目指すのは舟木山である。こちらの道は笹の間に広く切り開かれていて、登ってきた道よりはるかに整備されている。でも、霧の中を行くので何も見えない。

15分ほど行くと、「鍋ヶ谷林道」への分岐があった。そしてここから少し登ると舟木山山頂であった。
山頂には左右にふたつ山名標識があって、左の黒い標柱には美作市と書かれていて岡山県のものである。そして右の銀色の標識には穴葉50名山と書かれている。穴葉というのは兵庫県穴葉市のことである。縦走路は県境にあるのだということがわかる。
山頂から少し下ったところには中国自然歩道の指導標があった。中国自然歩道はもちろん岡山県のものである。この指導標から駒ノ尾山までは2300mとなっていた。
背の高い笹藪の間の道が続く。指導標から15分ほど歩いて、少し急な道を登ると切り払われたところがあって、そこに三角点があった。四等三角点であったが、どうしてこんなところに三角点があるんだと驚いてしまった。
背丈の倍ほどもある高い笹藪の間を歩いて行き、緩やかに登って平坦になったところで、鍋ヶ谷山という小さな標識が木の幹に掛っているのを見つけた。たんなる登山道の途中といったところで、とても山頂とは思えない。



 駒ノ尾山へ
駒ノ尾山まで350m地点


駒ノ尾山の分岐


駒ノ尾山山頂


鍋ヶ谷山から緩やかに下って行くと、霧が少し晴れてきて、笹に覆われた斜面が見えるようになった。笹原の緩やかな山並みが続いているようで、晴れていたらすばらしいのだが…と思ってしまう。緩やかな起伏を繰り返して、笹藪の間を行く。

鍋ヶ谷山から15分ほど歩いたところに、駒ノ尾山まで350mという指導標があって、そこから行く手の笹の斜面に四角い柱のようなものが見え、その上に避雷針がたっている。こんな山の中にいったい何だろうと思ってしまうのだ。
緩やかに笹の斜面を登って分岐に着いた。右が縦走路で、左が駒ノ尾山への道である。

この分岐のすぐ先に小屋があった。この小屋の煙突がさっき見えたものであった。ジュラルミンのピカピカの扉がついている。
ここから駒ノ尾山へは真っ直ぐの緩やかな登りである。すぐに山頂に着く。山頂にはストーンサークルのように石が奇怪に並べられていた。ベンチの代わりのようでもある。このストーンサークルの真ん中に石柱がたっていて、駒ノ尾山頂と刻まれていた。並べられた石には東西南北の文字が刻まれて、方角を示している。三角点がサークルの端にあった。二等三角点であった。
山頂では霧が少し晴れて、笹原の鍋ヶ谷山が見え、反対の方角には茶褐色の草原の「ダルガ峰」が見えた。



 ダルガ峰から西河内へ下山
ちくさ高原の分岐に着いた


大茅スキー場の分岐


ダルガ峰山頂


ちぐさ高原への下降点


スキー場にダルガ峰登山口の指導標があった


避難小屋に戻って、さらに縦走路を行く。
10分ほど行くと林の中に入って、階段を急下降する。この下りから鋭い三角峰が見えた。これがダルガ峰かと思った。
林に入って、少し行くとちくさ高原への分岐があった。私はちくさ高原に下るつもりなので、これを下ったら早く帰れることになる。でも、ダルガ峰に登らなくてはいけないので、縦走路をそのまま進む。道は檜林の間伐の中を行き、行く手に高く聳える山へは登って行かずに、左をトラバースして行く。ダルガ峰に登らないのかと思いながら、捲き道を行くと鞍部に着いて、そこには中国自然歩道の指導標がたっている。真っ直ぐ行くとちぐさ高原で、中国自然歩道はここで左折して大茅スキー場に向かうのだ。
ちぐさ高原には下って行くはずなのに、直進方向は急な登りになっていた。でも、指導標を信じて急な斜面を登って行く。傾斜が緩まって、雑木林の中を歩いて行くと、ダルガ峰の標識がたっていた。捲いてしまったのだと思っていたのだが、縦走路最後の山頂に立ててうれしい。
この先は平坦な台地で、少し行くと再び中国自然歩道の指導標がたっていた。中国自然歩道とはさっき分かれたはずなのに…。

このすぐ先にも指導標があって、ここには自然歩道の案内板もあった。ちくさ高原へはここで右折するのだ。
間伐された檜林を5分ほど行くと、林から抜け出してリフト乗り場があった。ここから左にゲレンデを下って行く。右にカーブするゲレンデをどんどん下って行くと、スキー場のレストハウスが見えてきた。
ようやく下りきったところにはダルガ峰登山口の標識がたっていた。あとは舗装された車道を1時間15分ほど歩くのだ。
でも、この道は意外と楽しかった。道の右には渓流があって、その流れが紅葉に飾られてすごくきれいなのだ。
途中には大釜の滝があった。車道からは少しはいるだけである。
元鍋森神社の鳥居を過ぎると集落が見えてきて、少し行くと私の車が見えてきた。車に戻ったのは12時半を少し過ぎた頃であった。予定よりも1時間も早く戻れた。

後山で「中国百名山」は終了である。
次は関西の山に登らなければいけない。


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