2008年晩秋山陰登山
きゅうしょうざん

標高 263m
久松公園入口→15分→本丸前登山口→10分→五合目久松中坂大権現→20分→久松山山頂(天守楼跡)→15分→五合目久松中坂大権現→5分→本丸前登山口→10分→久松公園入口

久松山は江戸時代、鳥取藩池田家の居城で、山頂には天守閣が聳えていたのである。登山の対象というよりは、その城郭跡を散策するということなのだ。
博物館の久松山の模型

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2008年11月4日

次は久松山に登る。鳥取市街に聳えていて、実は鳥取藩池田氏の居城、鳥取城があった山なのだ。
二上山から20kmほど走って鳥取市街に入り、久松公園に着く。公園の前の道には車がずらりと並んでいて、これが駐車帯なのだ。困ったことに車を停める隙間がなくて、これでは駐車違反をするしかない…と思ったら、公園入口の左に大型バスが停まっていて見えなかったのだが、その後ろに空きがあった。
堀を渡って公園に入ると、正面に大きな山が聳えている。これが久松山である。
左に鳥取博物館を見て、さらに歩いて行くと高い石垣が聳えている。鳥取城の石垣なのだ。
復元された城の門をくぐって石垣の間を上って行く。いかにもお城の中を歩いているようで、高くそびえる石垣の間を広い石段が続いている。
石段を上がって二の丸の広場に着くと、そこにはたくさんの桜の古木があって、春はすばらしくきれいだという。
この広場の奥に稲荷神社がある。その横の石段を上ると指導標がたっていて、ここから登山道が始めるのだ。指導標の前をまっすぐ行くと本丸があるのだが、工事の真っ最中で立入禁止になっていた。

鳥取城は室町後期に山城として築かれたのだが、江戸時代には池田家の居城となった。江戸時代になると山城は時代遅れで、藩主は下に住んでいたのだが、それでも山上の天守は残しておいたらしいのだ。私はそ山頂の天守跡まで登ろうとしているのだ。
登山道入口から樹林の中に入ると、すぐに急な登りが始まる。壊れかけた御堂のようなものがあって、よく見たら毎日登山をする人のネームプレートが並んでいた。この人たちが山に入るときは、このプレートを裏返すらしい。
ここからひと登りすると一合目の標識があった。この標識は合目毎にきちんと山頂まで続いているのだ。
道には露岩が多いのだが、山上天守への道だったので石を組んで階段にしてある。
登山口から10分ほど登ると、五合目の神社に着いた。社にかかっている額には「久松中坂大権現」とかかれていた。
六合目を過ぎると、露岩のきつい登りがあった。
八合目を過ぎると、行く手に砂防ダムのようなコンクリートの壁があって、そこからコンクリートの樋が落ちていて、これを渡るとすぐ先に「山伏の井戸」という水場があった。でも、水は流れていなかった。
樹林から抜け出して明るくなると、再び石垣が聳えている。これが鳥取城「山上の丸」である。振り返ると真下には鳥取市街が広がっていた。
石垣の間を上って行くと、左にコンクリート造りの休憩舎がたっていた。ここが「山上の丸」の二の丸なのだ。
ここから石段を上ると広場に着く。これが本丸で、その奥に一段高い「天守櫓」がある。これが山頂である。
天守櫓は展望台になっていて、方位盤もあった。北には鳥取港が見えて、その右には鳥取砂丘も見えた。

ここのベンチに座って、ポッドの熱いコーヒーを飲みながら景色を眺めていた。

あとは登ってきた道を引き返すだけである。どんどん下って20分ほどで登山口に帰ってきた。
時間に余裕があったので、鳥取博物館に寄った。けっこう見応えがあった。


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公園前の駐車帯


久松公園入口


二の丸の稲荷社


ここから登山道が始まる


五合目の久松中坂大権現


山上の丸に着いた


山頂の天守楼跡




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