京都一周トレイル.
ひえいざん

標高 848m
雲母橋→きらら坂→水飲対陣記念碑→千種忠顕の戦死の地→ケーブルカー駅→ガーデンミュージアム→比叡山山頂根本中堂→比叡山表山道→本坂登山口

比叡山は京都の鬼門にあたることから、天台宗を開いた最澄がこの地に堂塔を建て、王城鎮護の山としたのだ。このため、いたるところに史跡があって、私にとっては登山より史跡巡りの方がはるかに楽しいのだ。
大比叡.

 きらら坂からケーブルカー駅へ
きらら坂の登り口


水飲対陣之碑


きらら坂を登る

BACK 粟田口からきらら坂へ

BACK 一乗寺下り松と詩仙堂

2003年4月13日

雲母橋から比叡山に登って行く道を「雲母坂(きららさか)」という。なんと響きのいい名前だろうと思ってしまう。

雲母橋を渡ると登山道が始まって、林の中の道が続く。道は深い溝になっていて、その中の狭い道を行く。
30分ほどで、「水飲対陣記念碑」の前に着いた。ここは足利尊氏と天皇側との戦場跡なのだ。展望が開けているので、ここで休憩。まだ30分しか登っていないのだが、ここまでの前の観光で疲れてしまったのだ。
水飲対陣碑からは傾斜が比較的緩やかになって、のんびりと歩いて行く。
再び、深い林に中に入ると千種忠顕の碑への分岐があった。もちろん寄って行く。急な道を登ると大きな石碑が立っていた。千種忠顕は後醍醐天皇の近臣で、建武の新政後、蜂起した足利軍と戦ってここで戦死したのだ。比叡山には南北朝の戦跡が多いのだ。
ここから先に進むと、すぐにもとの道に合流する。
15分ほど登ると、大きな建物が見えてきて、これが八瀬から続くケーブルカーの山上駅である。
ケーブルの線路の横を通って駅前に着いた。ここから頂上はすぐだ…と思ったらそうではなくて、さらに歩かなければいけないのだ。
ケーブルの駅のすぐ隣に、もう一つの駅がある。これはロープウェイ駅で四明岳まで続いている。



 比叡山山頂(大比叡)へ
比叡山は観光地なのだ


ガーデンミュージアム比叡


大比叡への登り


大比叡山頂にあるのは一等三角点

アスファルトの道を行くと、人がいっぱい歩いている。私のように登山装備の人間はまったくいなくて、こちらが恥ずかしくなってしまう。比叡山は観光地なのだ。
突然、スキー場に出た。もちろん雪なんかないのだが、展望が一気に開けて、四明岳山頂にある展望施設がすぐ近くに見える。昔は、このスキー場のゲレンデを歩いて四明岳に登ったらしいのだが、今は山頂一帯が「ガーデンミュージアム比叡」
の敷地になっていて、入るためには入場料を払わなければいけないのだ。
しかたがないので遠回りをする。
四明岳山頂付近はガーデンミュージアムの大きな駐車場が広がっている。その向こうに、森に覆われた小高い山が見えている。これが比叡山の最高峰、「大比叡」のようである。
このあたりは車道が交差していて、なかなか登山道がわかりにくい。
駐車場の横に、大比叡に向かう道があるのでこれを行く。鎖が張られて車は入れないようになっていた。
アスファルトの急な道を登ると、右に細い道が分かれる。指導標は立っていないのだが、山頂への道はこれだろうと見当をつけて、この道を行く。
すぐに山頂に着いた。
山頂は林に囲まれて、展望はまったくきかない。
そして山頂の広場の真ん中には、大きな浄水施設が建っていた。登山者はこの大きな四角い施設の周りで休んでいる。
最高峰はこの入り口の左にあって、少しだけ高くなった林の中に三角点があった。これが比叡山の山頂ということになる。比叡山には何度も登ったが、こうして三角点のある山頂にきたのは初めてである。うれしい。
この林に囲まれた狭い山頂から一段下ったところが、浄水施設が真ん中に陣取る山頂広場である。この一番奥のマンホールあるところに座り込んで、昼食にした。ところが、食べ物がない。
持っているのは、アーモンドのチョコボールだけである。ポッドに入れてきたお湯でコーヒーを入れて、チョコを食べた。けっこうさびしい食事である。

  → 京都一周トレイル


 比叡山から日吉大社へへ
車道との合流点の石仏


根本中堂を左に見てそのまま直進


比叡山表参道の道を下る


覚運廟のすぐ下の指導標


琵琶湖が近い


ケーブルカー駅


比叡山山頂を13時に出発。日吉大社に下ろうと思っている。
道は引き返さずに、そのまま山頂を突っ切って、奥の道を下った。多分、これで根本中堂の方に下れるはずなのだが。
ところが、道はすさまじく急な下りになってしまった。林の中をどんどん下って行く。途中で智證大師の墓を見つけた。智證大師というのは円珍のことで、平安時代の天台宗の僧である。空海の甥であるともいわれ、円城寺(三井寺)を賜って伝法潅頂の道場にしたのだ。私は当然お墓は三井寺にあると思っていたのだが…。
こんなに下ってしまって大丈夫なのかと心配になってきたときに、車道が下に見えてきた。
比叡山の高僧達の墓と思われる石塔の前を通って車道に降り着く。さて、ここからは車道を歩くのかと思ったら、さらに下に下る階段があって、遊歩道があった。
けっこう多くの(観光客)人が歩いていて、この流れに従って行くと拝観受付があった。
私は通り抜けるだけなので、そこのお坊さんに断って、お金を払わずに通過。
すぐに根本中堂に下る道の前に来た。さて、坂本に下る道はどれなのだろう。
地図とにらめっこしてみたがよくわからない。指導標もない。
カンで進むことにした。方向からいったらこっちだろうと見当をつけて、根本中堂に下る道の前を真っ直ぐに行くと、下って行く道があった。
この道だろうと思うのだが、確証はない。
ともかく行ってみることにした。どんどん下って行くと、法然上人の得度跡があった。この石柱のすぐしたに法然堂があったのだが、気がつかなくてそのまま下ってしまった。このすぐ先に「聖尊院堂」があった。中はガランとしていて、小さな仏像が一体だけ祀られていた。
ここからさらに下って行くと、道の一段上がったところに広場があって、石仏が並んでいた。石の柵の中に石塔がたっている。後で調べたら「覚運廟」とわかった。廟というにはあまりにも粗末だと思うのだが…。
覚運(953〜1007)というのは、延暦寺に住して、幼い頃から才能豊かで、延暦寺の手本ともいううべき人物であったらしい。私はまったく知らないのだが…。
このすぐ先に指導標があって、これで道が間違っていないことがわかった。
ともかくひたすら下る。
この道は比叡山に続く参道の中でもかなり知られた道のはずなのだが、荒れていた。雨水が流れるのだろうが、それが道をえぐっていて、でこぼこである。
坂本から比叡山に登るには、こちらにもケーブルカーがあるので、ほとんどの人はこれを利用する。歩いて登る人はほとんどいないため、道は崩壊にまかせているような気がする。さみしい話しである。
視界が開けて、下に集落が見えてきた。大きく右にカーブして下って行くと、ケーブルカーの坂本駅があった。
なんかあまり人の気配がしない。乗客がほとんどいないのではないかと心配してしまった。


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