BACK 山上ヶ岳
1999年5月3日
登山道のすぐ近くにテントを張ったので、朝、登山者が歩く音で目を覚ました。
あわてて食事をして、テントをたたんだ。
今日は大普賢岳を越えて行者還岳を過ぎ、弥山まで行く。
大峰山はさすがに修験道の由緒ある山で、山の名前が仏の名前が多い。
大日というのは「大日如来」で密教では曼荼羅の真ん中に座す仏だ。宇宙の中心である。
地蔵は一般にお地蔵様で知られているのだが「地蔵菩薩」である。
そしてこれから登ろうとする普賢とは「普賢菩薩」のことで「文殊菩薩」と対になって釈迦の脇侍となることが多い。
普賢岳の向こうに弥勒岳があるが、これは弥勒菩薩のことで、末法の世、56億7000万年後にこの世に現れて、衆生を救済するという。ともかく修験道の山には仏の名前が多いのだ。
まず、小普賢岳を越える。たいした登りはなかった。
さらに進むとすぐに大普賢岳。
あまり展望はきかない。
ここから弥勒岳を越えて1時間ほどで国見岳に着く。9時15分であった。
ここは岩峰の山頂で展望はすごい。大峰山という感じだ。
このあたり、道の左は大きく落ち込んだ断崖である。迫力がある。
七曜岳まではこの岩稜の道を行く。七曜岳着9時35分。
ここから行者還岳を目指すが、登山道は行者還岳のピークは通らずに左の山腹を巻いて行者還小屋に着く。11時10分であった。
ここで大休止。
軽く食事もした。先は長い。
ここから一のタオまでは1時間半。
一のタワに着いたのは1時30分であった。
一のタオでは方向を西に変えて、一路、弥山を目指す。
3時、聖宝宿に着いた。
聖宝宿には仏像があって、ここで休んでいるひとも多かった。この聖宝宿から登りはすさまじく急になって、ジグザグに登っていく。けっこうつらい。
ようやくの思いで登りついたところが弥山で、ここには山小屋とキャンプ場がある。
キャンプ場到着は4時。意外と早く着けた。
今日はここにテントを張る。テント場は林の中にある。
まだ時間があるので、今日中に八経ガ岳を往復しておくことにした。
片道30分ほどである。
八経ガ岳山頂は4時50分に踏むことができた。
霧の中であった。視界はきかない。
それでも、ここが大峰山の最高峰ということで大満足感。
うれしい。
テントに帰ってきたのは5時半を過ぎていた。
5月4日
今日は洞川に下る。
天気は良くない。
小雨の中、テントを畳んで、6時頃下山開始。
雨なのでほとんどビデオも撮ることができなかった。
洞川に降りてきたのは10時半であった。
登山口は普通の民家の間にあった。
ここから国道に出て、車を置いたところまでは1時間ほど歩かなければいけないのだ。
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2009年大峰山奥駈け
このあたりにテントを張った
行く手に普賢岳
大普賢岳山頂
七曜岳山頂
行者還の小屋
弥山のキャンプ場に着いた
八経ヶ岳山頂
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