「名山」という呼称がある。
代表的なものは深田久弥の「日本百名山」なのだが、最近はいろんな場面で「名山」を耳にする。
日本二百名山もそうだし、日本三百名山もそうだ。「花の百名山」というのもある。そして最近は各地方でも「名山」という名を聞く。
山と渓谷社が「北海道百名山」とか「東北百名山」「関東百名山」という本を発行しているし、山梨県の山に登ると「山梨百名山」という指導標が立っている。
今は深田久弥の百名山が中高年の間でブームになっていて、このピークハントに精出している人が少なくない。
山小屋とかで一緒になった人たちの話を聞いていると、百名山を完登したとか、いくつ登ったとかと自慢していたりする。
かくいう私も、日本百名山、二百名山にせっせと登っている中年のオジサンだから批判する立場にはないのだけれども、どうもなんか違うという気がしてしょうがないのだ。
そもそも「名山」とはいったい何だろう。
深田久弥は日本百名山を選定するにおいて、「山の品格」「山の歴史」「山の個性」という3つの基準を設けたという。この基準についても批判があるし、選ばれている山の一つ一つについてもああだこうだと、まことにやかましい。
そして、そこに自分の個人的な好みだとか、故郷の山等の身びいきが入ってきたりするものだから、百花繚乱の百名山論争になる。あの山が百名山で私の好きなこの山が番外というのはのはけしからん、ということである。
こうした馬鹿げた言い争いが起きるのは、「名山」という呼称が山の「格付け」そのものになっているからで、「名山」が山のブランドになってしまっているのだ。日本百名山のピークハントは、日本人が海外でブランド品を買いあさるのに似ている。
「名山」がブランドであるが故に、自分の好きな山が名山から外されていると、二流品としてレッテルを貼られたようで腹がたってくる。そしてその矛先は深田久弥の「百名山」選定基準に向かうというわけである。
本当に馬鹿げているとしかいいようがない。

私は「日本百名山」とは深田久弥という作家が著した一作品だと思っている。そして、深田久弥が自分で登った数多くの山の中から、自分の「感性」で「すばらしいと思う山」を100山選んでくれたものだと思っている。
だから「百名山」は、あくまでも深田久弥個人にとっての百名山である。
それに対して、とやかくいうこと自体がおかしいと思う。
そもそも、山に優劣をつけるというのはほとんど不可能に近いことなのだ。
同じ山に登っても、感じることはその都度違う。
季節によって異なるし、天候に左右されることも多い、体調の良し悪しもある、同行した仲間によっても違ってくる。
深田久弥はその本に書いているのだが、一番困るのは「どの山が一番よかったか」と訊かれることだという。
深田久弥の「百の頂に百の喜びあり」という言葉を、私は「すべての山はすべてすばらしい」という意味だと解釈している。

私が「名山」を登ることについて話したい。
私は日本全国のいろんな山に登りたいと思っている。山と渓谷社が「日本の山1000」という本を発行しているが、できたらその全部に登りたいとすら思っている。

幸い、私は転勤族のため、3年くらいのサイクルで転居する。
今までに、大阪・松本・東京・仙台・釧路・青森・小山、そして今は京都府と引越しを重ねて来たのだが、
そのたびにその地域の山にじっくりと登ることができた。
だが、それでもまだ行ったことのない遠くの山に憧れてしまう。

たとえば、九州の山に登りたいと思ったとする。ガイドブックはたくさん発行されているので、山の情報はそれこそ山ほど手に入る。でも、私には時間が限られている。九州のたくさんの山の中から登る山をいくつか選ばなければいけない。登山ガイドブックに書かれている山の紹介はすべて並列的で、限られた日数で登ろうとする私にとっては、そのうちの「お勧め」の山はどれなんだ、というのが一番知りたい。
そのときに役にたつのが「日本百名山」とか「二百名山」なのである。
私が北海道の釧路に住んでいたときは、ガイドブックに登載された北海道の山を片っ端から登っていた。青森に住んでいたときは「青森県の山」というガイドブックを買ってきて、そこに載ってる山を全部登ろうとしていた。
近くの山だったらそれができる。

でも、遠くの九州や四国の山ではそれは不可能である。
もし、そこに転勤になって、3年くらい住むことになったら「名山」なんか意識せずに、ガイドブックに登載されている山を片っ端から登るだろう。でも、遠路出かけて行くのだから、限られた時間で限られた山にしか登れない。そうすると山の諸先輩から「お勧めの山」を教えてもらうしかない。それが私にとっての「名山」である。
実際、深田久弥の百名山を99座まで登ってみたが、その期待が裏切られることはなかった。
「日本百名山」「日本二百名山」のおかげで、まったく知ることのなかった日本全国のすばらしい山に登ることができたと思っている。
私が「名山」に登るのはそういうことである。
そしてさらに付け加えておくならば、
深田久弥の百名山の選定基準がとやかく言われたりするけれども、私にとっての「名山」は極めて単純である。
登って「面白い山」かどうかだけである。

私は多分、しばらくは百名山を完結させることはないと思う。
最後に残っているのは「宮之浦岳」なのだが、3日間の連休があったらいつでも登ることはできる。登山計画もできているのだが、あえて登らずにいる。
終わらせてしまうのが、もったいないなくてたまらならないのだ。
私の山の技術はすべて自己流だからまだまだ未熟であるし、山からもっともっと学ぶことがあるんだと思う。もし、いつの日か自分なりに自分の山に一区切りができたかな…と思えたとき、最後に残した宮之浦岳に登ってみたいと思っている。

(本音の部分では、百名山を全部登ったといって自慢しているような人たちの「仲間」にはなりたくないという反発もあるのだが…)
だから百名山以外の二百名山を全部登り終えたとしても、宮之浦岳が残っているかぎり、二百名山も未完ということになる。
それでいいと思っている。
私の「終わらせたくない」という気持ちをわかってもらえるだろうか。


三百名山についても触れておきたい。
このホームページで「日本三百名山」を立ち上げたが、少し躊躇している。
二百名山については199まで登ったのだが、それらは確かに日本を代表する山だったと思う。
しかし三百名山となると、番外とされた山との差はほとんどないように思えてならないのだ。
三百名山についてはまだ30ほどしか登っていないのだが、私が登った多くの番外の山と比較してみて、それが際立ってすばらしい山かというと、そうは思えない。
たとえば栃木県から九州までわざわざ出かけ行って、その甲斐があるのかと思ってしまう。そんなことに時間と経費をかけなくても、近くの低山には300名山に匹敵するすてきな山があるように思えるのだ。
三百名山完登を目指すということは、完全に「ピークハント」のためにする登山になってしまうのではないだろうか。
純粋な登山ではなくて、「名山」というブランドを蒐集する登山に惰落してしまうような気がしてならない。
だから私は、三百名山についてはそれ自体を目的にする登山はしないだろうと思う。ついでがあったら登るつもりである。
名山ハントの登山なんて、本末転倒ではないか。

そういう登山はしたくないと思うのだが…。


2006/1/21

(追記)
2007年末では日本百名山・二百名山は登り終えて、300名山の未踏は8座になっている。
でも、私は三百名山を終えることはないだろうと思っている。なぜなら、三百名山のうちの景鶴山は自然保護の観点から登山禁止になっているからである。三百名山を終えた人は、自然を守ることよりもピークハントを優先させたのだろうか。



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