愛知県の山
さなげやま

標高 629m
雲興寺→1:00→鉄塔下休憩所→20分→トイレの広場→15分→案内板→30分→四つ辻→1:00→猿投山山頂→10分→蛙岩→20分→東の宮→20分→御船石→7分→大碓命御陵→5分→西の宮→30分→東屋(泊)

猿投山山頂からは東海自然歩道を離れて自然観察路を下った。猿投神社の東の宮・西の宮とめぐって行くのだ。この途中には日本武尊の兄、大碓命の墓があった。
猿投山

 猿投山
橋を渡ると畑の中の道


トイレのある広場


林道歩きから山道に入る


山頂手前で一旦、下る


猿投山山頂

BACK 中平橋から雲興寺へ


2009年4月6日

雲興寺の参道を真っ直ぐに歩いて、広い車道に出るとそこに指導標がたっている。次に目指す猿投山は、車道を横切って橋を渡るのだ。ここから猿投山山頂までは
5.4km3時間30分と書かれていた。田畑から樹林の中に入って、200mほどで鋭角に右折する。ここから登りが始まった。小さな沢を渡ると、この沢に沿って登るようになった。傾斜がきつくなると、丸太の階段が組まれている。急な階段が延々と続き、これを登って行くのはかなりきつい。尾根が狭まって、木の根の張り出す急な斜面を登る。ようやく傾斜が緩まると、送電線の鉄塔の横を過ぎる。
明るい雑木林を歩いて、沢に向かって急な下りをして橋を渡ると、自然歩道の古いトイレがある広場に着いた。このすぐ先に林道が通っていて、これを横切ったところに猿投山の登山道入口がある。でも、自然歩道はここから上るのではなくて、林道をしばらく南西に歩くのだ。
15分ほど林道を歩くと、ベンチの置かれた休憩所があって案内板がたっていた。ここで左折して登山道に入る。
雨水でえぐれたのであろう溝のような道を登って行く。30分ほど急登が続き、ようやく尾根に登り着くと、そこにはベンチが置かれていた。ここから猿投山山頂までは1.7km1時間17分と書かれていた。17分というのはずいぶん緻密である。
ここからは緩やかにアップダウンする尾根の道が続く。アカマツの混じる林の中を歩いて行くと、猿投山山頂と思われるピークが望めた。

25分ほど尾根をのんびり歩いて行くと、急に登りがきつくなった。これから急登が続くのかと思ったら、すぐにベンチが置かれたピークに着いて、その先は下りであった。ここがガイドブックに記載されている四つ辻で、赤猿峠というらしい。ここからは周りの山々が展望できた。
一旦下って、それから丸太の階段道を登って行く。
次のピークには、猿投山山頂まで300mという指導標がたっていた。痩せた尾根を行き、手すりのついた桟を渡ると、その先は平坦な尾根で、登山者が休憩しているのが見えた。この平坦な尾根が猿投山山頂であった。まったく山頂といった感じではない。
尾根の右は桧林だが、左(北)は開けていて、遠くの山々が展望できた。時間は
15時少し前であった。山頂には、ここが豊田市と瀬戸市の境界であるという標識がたっていた。
ベンチに座って休憩していて、ふと目の前にある三角点をみたら一等三角点であった。山頂には登山路の略図もあって、これによると御船石や大碓命廟をめぐる散策路があるのだ。この歴史の道を行くことにした。



 猿投山自然観察路
瀬戸市と豊田市の境界標識


鉄階段を登ると東宮


自然観察路分岐


御船石


西ノ宮の鳥居をくぐって車道に出る


東屋にテントを張った


杉林の中を
10分ほど下ると大きな岩があって、横には石の祠がたっている。これが蛙岩であった。さらに10分ほどで鉄の階段があった。
これを上ると神社の境内で、ここが猿投神社の東宮であった。主神は景行天皇神である。この天皇は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の父である。ちなみに、日本武尊は本名が小碓命で、兄が大碓命である。日本武尊は兄の大碓命を殺してしまったことからクマソ征伐を命じられ、クマソのカワカミタケルを倒したときその名前をもらってヤマトタケルと名乗るようになるのだ。

猿投山一帯は原始林が広がっていて、境内にはすごい巨木が聳え立っている。
石段を下って少し行くと、遊歩道が分岐する。東海自然歩道はこのまま下って行くのだが、私は遊歩道を行くことにした。遠回りをするが、自然歩道とはちゃんと合流できるのだ。
山の南斜面のトラバース道を歩いて行く。5分ほどで杉の巨木が聳え立っていた。根元の標識に「名木第133号・井戸杉3本」とかかれていた。小さな沢に沿って下って、10分ほど行くとナマコのような大きな岩が二本横たわっていた。これが「御船石」であった。
ここからさらに5分ほど下ると陵があった。細い坂道を登って御陵の前に着く。天皇家の様式の御陵であるが比較的新しいものであった。長い石段を下って広場に着くと、石段の上り口には宮内庁の「大碓命の墓」という標識があった。
広場と思ったのは西宮の境内で、りっぱな社殿がたっていた。西の宮の主神は垂仁天皇である。
西の宮から急な石段を下って石の鳥居をくぐると、車道に降り立つ。ここには東海自然歩道の「自然観察路」の案内板がたっていた。ここで若いカップルに道を訊かれた。男性が道を間違えてここまで来てしまったようで、自然歩道からここに来てしまったらしい。
車道を横切ったところに登り口があって、ここから急な道を登って尾根を越えるのだ。ピークにはベンチが置かれていて、ここから少し下ると自然歩道に合流した。ここから猿投神社までは3km1時間であった。
自然歩道を下って行くと、さっきのカップルが言い争いをしていた。女性がとんでもなく遠回りしてしまった、疲れたとブツブツいっていて、それでケンカになったらしい。山に来てまでケンカするなよ…と思うのだが、まあ、勝手にしてくれ。
時間はもう
16時半を過ぎていて、日が傾いてきている。早くテントを張るところを探さなければいけない。
樹林の中、急な階段を下って行くと東屋があった。よかった。ここにテントを張ることにした。
テントの中に落ち着いたのは
17時である。今日は比較的早くテントに落ち着くことができた。



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