2007年晩秋四国登山
つるぎさん

標高 1954m
一ノ森→→殉難の碑→→剣山山頂→→刀掛の松→→大剣神社→→古剣神社→→両剣神社→→お花畑→50分→追分→50分→竜光寺→50分→垢離取橋

2002年に剣山に登った時は雲の中で何も見えなかったのだが、今日は快晴である。再登したかいのあるすばらしい展望だる。帰りは行場の道を下ったのだが、けっこう厳しコースであった。
一ノ森から剣山

 一ノ森から剣山山頂へ
お花畑への分岐


新田次郎筆の殉難碑


二の森山頂


剣山山頂直下の登り


剣山山頂

BACK 一ノ森


20071117

一の森三角点から分岐に戻って、そこから剣山に向かって下って行く。かなりの急下降である。下るにつれて剣山の前にあった樹林のピークがせりあがってくる。これが二の森である。鞍部に下ったところにはお花畑への分岐があって、その後には殉難碑がたっていた。驚いたことにこの碑は新田次郎の書いたものであった。新田次郎が遭難したのではなくて、剣山測候所の所長が通信施設の復旧作業をしていたときに雪崩にあって亡くなったのである。新田次郎は気象庁に勤務していた関係で、この碑文を書いたのだと思う。
笹原の斜面を登って行き、振り返ると一の森が大きく聳えていた。
笹原から樹林の中に入ってさらに一登りするとピークに立つ。峠のようなところであるが、指導標の柱に二の森とかかれていた。少しだけ下ったところには祠があって、これが二の森神社であった。

笹原の道を下って行くと、行く手には再び樹林のピークが聳えている。緩やかに登ってこピークを越えたが、そこにはなんの標識もなかった。でも、その向こうには剣山が広がっていた。剣山はここからみると、山ではなくて、笹の草原の平坦地に見えるのだ。
剣山へは笹原の水平な展望の道で、周りの山々を眺めながらのんびり歩いて行くことができる。
丸太の階段を登って行くと、木の舞台のようなものがあった。剣山山頂周辺はすべて木道になっていて、展望のピークは木組みの舞台のようになっているのだ。このため剣山山頂では地面を歩くということはないのだ。
この舞台から木道を歩いて三角点の山頂に向かう。山頂三角点は木道が取り囲んでいる。そして三角点は丸く石で埋められて、それに注連縄が張られていた。
山頂からは次郎笈の眺めがすばらしい。そして西には午後から登る塔の丸が聳えている。その上に遠く見える山は矢筈山であった。矢筈山から右に連なる尾根の途中に突き出たピークが見える。黒笠山である。さらに右に目をやると丸笹山が見える。すばらしい展望でうれしくなってしまう。いつまでも眺めていたいのだが、風がものすごく冷たい。



 大剣神社経由で剣神社へ下山

雲海荘と剣山本宮の間の階段を下る


剣山本宮


刀掛けの松


大剣神社


鹿よけのテキサスゲート


古剣神社


両剣神社の中


険しいトラバース道を行く


やっと追分に戻った


木道を巡ってから頂上ヒュッテに下った。この階段の道は、剣山本宮宝蔵石神社と剣山頂上ヒュッテの間につけられた細い道なのだ。
あとは刀掛け松に向かってひたすら下って行く。途中ではたくさんの登山者とすれ違った。15人ほどの団体もいた。今日は土曜日なのだ。
刀掛松に着いたところで、大剣神社に寄るのを忘れたことに気づいた。しかたがないのでここから大剣神社を往復することにした。500mのトラバース道を急ぎ足で行く。
大剣神社の後には巨岩が聳えている。これは御塔岩で、剣神社のご神体なのだ。剣山の名前はこの岩からつけられたものだともいう。
神社の90m下には御神水があるので、これを見に行った。ジグザグに下って、その途中から仰ぎ見ると大岩は岩塔となって聳えていた。
御神水の前には小さな鳥居と祠がある。由来書きがあって、このあたりは石灰岩のため水にはミネラル質が多く、病気を治す若返りの水だという。一口飲んでみた。
刀掛けの松に戻ってくると団体が休憩していて、ガイドが説明をしていた。
私はここから行場への道を行く。その入口には「天然記念物キレンゲショウマ」の説明板がたっていた。この花は宮尾登美子の小説「天涯の花」で有名になったのだ。そういう自分も最近この小説を読んだばかりで、そのせいもあって、剣山に再登する気になったのだ。この「凛として気高い月光の花キレンゲショウマ」はもちろん今は咲いてるはずはないのだが、群生地がこの先にあるときくとなんかうれしくなってしまう。
ザラザラの斜面を下って行くとロープが張ってあって、キレンゲショウマの群生地に入らないでくださいとある。今はなにも生えていないのだが、このあたりが群生地らしい。一応写真は撮った。
この先に変な木組みの階段のようなゲートがあった。これはテキサスゲートといって、鹿よけのもなのだそうだ。階段は間隔をあけた丸太組で、これなら鹿は渡ることはできない。なるほどと納得した。
どんどん下って行くと、右にはすごい岩壁がそそり立っている。その基部を歩いて行と、御堂がたっているのが見えた。これが古剣神社なのだ。さらに巨岩の間を登って、そこから少し下ると再び御堂がある。両剣神社である。バラックのような小屋ででとても由緒ある神社には見えなかった。この周辺が行場といわれるのだ。
ここからはひたすら追分を目指して歩いて行くだけである。
山の急斜面のトラバース道が続く。5分ほど行くと沢を渡ったが、そこには穴吹川源流の碑があった。
あとは山襞に沿ったトラバース道が続く。源流碑から5分ほどでお花畑の分岐に着いた。ところが、追分に向かう道がわからない。分岐の指導標はあるのだが、道がみつからないのだ。よくよく探してようやくかすかな踏み跡を見つけた。本当にこの道でいいのかとものすごく心配だったが、進むにつれて道がはっきりしてきた。
でも、まばらな樹林の平坦地では踏み跡がかすかな上に、落ち葉が積もっていて、慎重に道を確認しながら歩かなければいけなかった。
平坦地から急斜面のトラバース道になると、比較的道ははっきりしてくる。でも、このトラバース道は所々で、ザラザラの崩れやすい細道になって、これを行くのはすごく怖いのだ。標識にはこの先悪路と書かれていた。まったくその通りであった。
何度か沢を横切るのだが、その前後はすごく細いトラバース道で、足が震えてしまった。

ザクザクの細いトラバース道にロープが下がった急斜面もある。本当に疲れてしまう。
お花畑分岐からこの危なっかしい道を50分ほど歩いて、ようやく追分に着いた。ほっとしたので、ここで休憩した。
あとは登ってきた道を戻るだけである。
龍光寺ではこの近くにあるという富士の池を探したが見つからなかった。ただ、最近コンクートを囲んで造ったと思われる藤之池というのがあった。あとで訊いたら、富士の池はもうなくなっているのだそうだ。

林道を串刺しにする登山道をひたすら下って、車の前に戻ったのは1410分であった。
見の越に戻って車を停めてラーメンをつくって食べた。ついでなので、剣神社の参拝に行った。本殿の前には宮尾登美子の「さわやかな月光の花は凛として気高い」という碑がたっていた。この神社の横には剣権現というお寺があった。


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1994年の剣山登山
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