かざしやま

標高 362m
清滝口登山口→40分→展望台→20分→風頭岩峰→5分→風師山→6分→風師南峰→20分→小森江の分岐→10分→一望平→10分→矢筈山

この山の素晴らしさは関門海峡の展望にある。眼下にたくさんの貨物船が行き交うのが見ることができるのだ。
風師山山頂

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2005年1123

今日は新大阪から走り始めたのだが、大阪市内から高速に入って、そして西明石の少し手前まで高速を走った。私は高速をめったに使わないのだが、市街地の一般道は渋滞で耐えられないからだ。
西明石からは一般道をひたすら走ったのだが、山陽道にはところどころ、自動車専用道があって、これは無料なのに高速と同じ感じで走ることができるのだ。
関門海峡を渡るために高速に入った。
九州に渡る手前に、壇ノ浦パーキングがあるので、ここで車を停めて眠った。

1124

7時に目を覚ました。
夜中には雨が降っていて、朝方も時々小雨がパラついた。登山するには気がおもたいのだが九州登山の初日でもあるし、ともかく今日の登山は決行することにした。
予定の山は風師山である。この山は門司のすぐ近くに聳えている山なのだ。
関門海峡を渡ってすぐに高速から降りる。
門司市街を抜けて、曲がりくねった道を山に向かって車を走らせると、車道の終わるところに駐車場があった。ここに車をおいて、歩き始める。

尾根沿いの道をのんびり歩いて行く。少しアップダウンがあるのだが、20分ほどで、風頭山についた。ここからは関門海峡の展望がすばらしい。たくさんの船が行き交っているのを見ることができるのだ。この山頂にはたくさんの碑がたてられている。中には槙有恒の碑もあった。槙有恒は日本山岳会会長をつとめ、マナスル初登頂を果たした人でもある。私が今住んでいる仙台の出身である。
風師山はこの山の隣に聳えていた。道を緩やかに下って、緩やかに登り返す。
山頂には反射板が立っていた。この反射板の横に、南峰に向かう道があるはずなのだが…と探して、その踏み跡を少し行ったが、間違いであった。山頂広場の手前に登山道があった。この道を下って登り返す。
風師山南峰には、アンテナ施設があって、それが完全に山頂を独占している。
山頂標識が立っていて、その前に三角点があった。
展望もきかないので、そのまま通過。
尾根道を下って行くと、右手の下にこんもりとした樹林の山が見える。これが私がこれから目指そうとしている矢筈山であった。
尾根道に指導標があって、右が矢筈山とある。
樹林の中を下って行く。途中で陸軍省の立てた石柱を見た。この矢筈山には明治に砲台陣地が建設されているのだ。
コルに着いて登り返す。これはかなり急な登りであった。
突然車道に飛び出すとそこには展望台があって、正面には風師山が見える。
ここからは曲がりくねった車道歩いてゆくのだ。

樹林の中の道を登るとキャンプ場の表示があった。道が平坦になると、すぐにキャンプ場の管理寮があった。そこのおじさんに山頂はどこかを訊いた。
このあたりはキャンプ施設があふれていて、どこが矢筈山なのかわからないのだ。私が宮城県から来たといったら、是非、登山名簿に書いてくれと言われた。
この山は毎日登山も活発らしくて、私の書いた名簿以外に、毎日登山用の名簿もあるのだ。こうしている間にも、何人か登ってきている。矢筈山山頂は、ここからすぐであった。
山頂には広場があって、その一角に国旗掲揚のためと思われる旗ざおが3本立っている。その足元に「矢筈山」の標識があったが三角点はなかった。
山頂はやけにだだっ広くて、朝礼でもできそうである。
下山は来た道を戻らず、一望平からそのまま車道を下って行った。途中から風師山に向かう道が右に分岐するはずだが、なかなかそれがない。かなり下ったと思う頃、ようやく分岐があった。この道を少し登ると登山道にぶつかった。ここは来たときに、陸軍省の石柱を見たところである。私が考えていた道とは違うが、このまま行くことにした。
登山口に戻ってきたのは10時40分である。


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最初は舗装された道を行く


風頭山山頂


風師山山頂


企救自然歩道の指導標が立っている


行く手に矢筈山


矢筈山キャンプ施設


矢筈山山頂


明治の軍施設跡が残る






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