2006年冬九州登山
いわうどやま

標高 1347m
登山口→1:00→地蔵の鞍部→30分→石灰岩峰→50分→岩宇土山山頂20分→オコバ谷分岐→40分→林道出合→50分→上福根山山頂

岩宇土山へはすさまじく険しい登りからはじまる。でも山頂は平坦な登山道の途中でちっとも山頂らしくなかった。でもその先の上福根山まで登ると、ようやく山頂という気分がした。
岩宇土山

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2006年1211

昨日は久連子の神社の前に車を停めて寝た。少し坂になっていて、寝るにはちょうどよかった。
今日の登山には時間がかかるので早めに出発することにした。715分頃、神社前を出発して、昨日確認しておいた登山口に向かう。登山口には久留米ナンバーの車が停まっていた。
登山口は、これが道かと疑ってしまうような急斜面で、かすかな踏み跡がつけられている。ザクザクで崩れやすい踏み跡を登ると笹薮の中に入った。道は左に曲がって、山腹を横切って行くのだ。道を笹が覆い隠していて、途中で道が消えてしまうのではないかと疑ってしまうようなすごい道である。
ターンをして、真っ直ぐな登りになると正面に大きな岩が聳えている。その下を左に捲いて、急な斜面をジグザグに登ってゆく。尾根の山腹を斜めに登って行くのだが、その踏み跡はもろくて、しかも狭い。谷川に滑り落ちそうになる。こうした道が続くのだ。
ようやく尾根の末端部に着くと、ここからは少しだけ傾斜が緩やかになる。傾斜が緩やかになったと喜んだのもつかの間で、すぐに急な登りになって樹林の中の急登が続く。左の谷の向こうに尾根が見えるのだが、その山頂部にようやく日が当たり始めていた。
岩が現れ始めてピークに着く。ここは西南戦争で西郷軍が砦をつくったところなのだそうだ。でも標識は一切ない。
ここからは尾根の登りである。今までに比べたら傾斜は緩やかになる。…といっても険しい登りには違いはないのだが。
道には岩が点在する。これは石灰岩なのだそうだ。ゴツゴツと道に突き出ていて、これを踏んだり、間を抜けたりして登って行く。
冬枯れた樹林の中を行くと笹薮が目立つようになった。行く手にピークが見えて、これを越えるのかと思ったら、その左を捲いてしまう。そうすると鞍部に着いて、そこには石仏がひっそりと置かれていた。どうにも稚拙なつくりの石仏で、地蔵なのか如来なのかよくわからない。この鞍部の行く手には巨岩が立ちはだかっている。登山道はこの右を斜めに登ってゆくのだ。

ここからの道が本当に大変な登りであった。
ザクザクのもろい道で、急な斜面を斜めに登って行くのだ。道は落ち葉で隠れて不明瞭だし、本当に細い道なのだ。傾斜はものすごくきつい。谷は深くその斜面を斜め続く道は本当に頼りない。しかも時々道がわからなくなる。赤いテープを目印に登って行くのだが、時々立ち止まって道を確認しなければいけなかった。
右手に杉の植林をみて、さらに登ると道はスイッチバックして、一段と急な斜面を登る。この道には石灰岩の岩屑が散らばり、足元はさらに不安定になる。この岩宇土山の最大の難所はこのあたりの登りだったのだ。
急な道を登って行くと、尾根に出る直前で道がわからなくなった。踏み跡はかすかで、これだろうかとカンで道を決めて急登する。両手フル稼動で岩や木の枝につかまってなんとか登って行く。ようやく尾根に出る。そこには潅木に赤いテープがつけられていた。私の選んだ道は間違っていなかったのだ。
ガイドブックを見ると、このあたりに鍾乳洞があると書いてあるのだが、結局わからなかった。尾根の左には石灰岩の岩峰が聳えている。山頂へは右に向かう。すぐに「野生植物の採取を禁じる」というりっぱな看板があった。
ゆるやかな痩せた尾根を行くと、行く手に白いピークが見えてきた。石灰岩の岩屑におおわれた白い山なのだ。
石灰岩の岩屑を踏みしめながら登って行く。この道もザクザクで崩れやすい道だ。振り返ると山また山の風景。さすが、熊本県の秘境といわれる山域である。
白い石灰岩の山を登りきると傾斜は緩やかになって、ススキの原に入る。道の左にネットが現れて、これが登山道に沿って延々と続く。ネットの中はススキの原で道の左は背の高い笹薮である。道は狭くて、笹を掻き分け、ネットを押しのけながら登ってゆく。ようやくネットから開放され、笹薮を掻き分けながら登って、冬枯れの樹林の道になる。日が当たる梢だけの林を行くのは気持ちがいい。
この樹林の中の細い尾根を歩いてゆくと、突然標識がたっていて、そこには岩宇土山とかかれていた。なにかの間違いではないかと思ってしまった。
ここは山頂というものではなくて、尾根の平坦な道の途中である。登山道が真っ直ぐに通っていて、その道端に山頂標識があるのだ。岩宇土山ってこんな山だったのか、かなり落胆してしまった。道の両脇には落葉樹林が立ち並んでその梢越に近くの山が見えた。
休憩する気にもならなくて、そのまま上福山に向かうことにした。
すぐに下りになり、山頂から10分足らずの下りでオコバ谷分岐に着いた。下りはこの道を通るつもりなのだが、そこには看板がたっていて、台風の被害で登山道が大きく崩壊しているので、通行は控えてくれと書かれていた。困った。
まず上福根山に登って、それから考えようと思う。
植林された杉の林と自然林の間を登ってゆく。ほとんど平坦な尾根の道を行くと指導標があって、左にキヤノキ谷70分と書いてある。でも道はみあたらなかった。
ススキの中を登ってゆき、振り返ると岩宇土山が見えた。丸い坊主頭のような山であった。
行く手に見えてきたピークを左に捲いて、少し登ると林道に出た。
広場があって、ここが林道の終点のようである。ただここに来る林道にはススキが生えたりして、車は通れそうもない。
ここで休憩しようと思ったが腰掛ける岩とかがない。もう少し登ってみようと思う。
林道からひと登りすると平坦なところがあって、そこには大きな倒木があり、ベンチにちょうどいい。ここで休憩することにした。考えてみたら、ここまで休憩をとっていなかった。冬の日差しが気持ちがいい。展望も開けていて、遠くの山々まで見渡せる。
自然林の中、細い尾根を登って行く。ブナなのかナラの木なのかよくわからないが、そうした林の中を登って行くと、正面に大きな岩が立ちふさがる。この岩の基部から右折すると急な登りになった。岩の間を急登するのだ。冬枯れた樹林の中にシャクナゲの木が目立ちはじめる。山頂付近はシャクナゲの群落地なのだ。春の花咲く頃ならさぞやきれいなのだろうと思う。
時々岩場が現れて、これを越えて行く。
尾根を右から回りこんで急登し、傾斜が緩やかになるとそこが上福根山山頂であった。
疎林に囲まれた山頂で、三角点もある。
ここでゆっくり休憩した。きつい登山だった。時間は1115分、登り始めて3時間40分である。久しぶりに長い時間の登山をした。頭上には真っ青な空が広がっている。冬枯れた梢が空に広がっている。のんびりした気分になった。
下山はオコバ谷を下るつもりだ。
分岐まで引きかえして、急な斜面を下る。最初は樹林の中の道であったが、それを抜け出すと右手には崩壊した沢がある。まっさかさまといった感じで、下に向かって落ち込んでいる。登山道はやがてこの沢に合流するが、そこから道がわからなくなった。このまま沢を下るのだと思うのだが、この崩壊した沢には落石の音が時々聞こえて、いかにも不気味である。この道を下るのは止めにした。
分岐に引き返して、登ってきた道を忠実に引き返すことにした。
ススキを掻き分けながら下って、行く手に岩峰が聳えるところまで下った。問題はここからのもろい道をトラバースで下ることだ。その前に、目の前の岩峰に登ってみることにした。痩せた岩稜の道を登るとすぐにピークの上に着く。周りの山々を一望できた。
さて、登ってくるときすごいところだと感じた斜面を下る。足元はもろくて、しかも急峻である。一歩一歩足場を選ん下って行く。ようやく樹林の中の道に入ったと思ってほっとしたら、道がわからなくなった。赤いテープの目印がない。困った。もう一度、直前のテープまで引き返して、深呼吸して周りを見回して下山路を見つけた。山の急な斜面を斜めに下るこの道は、見失ってしまうほど細くて不明瞭な道なのだ。ようやく地蔵のたつ鞍部に下ってきたときはほっとした。
あいかわらず細い尾根の急な下りは続く。
西郷軍の砦跡からはさらに急下降になって、斜面をジグザグに下る。
登山口の車の前に戻ったのは220分であった。

明日は牛の峠に登る。都城市を目指して走って行くと五木村を通る。そこには「道の駅子守唄の里五木」があって、小さな公園になっていた。


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岩宇土山登山口


笹を掻き分けてトラバースする


西郷軍砦跡付近


地蔵のある鞍部


急斜面をトラバース気味に登る


石灰岩峰に向かって急登する

鍾乳洞の石灰岩峰の鞍部に着く


石灰岩の尾根を急登する


笹薮とネットの間のふみ跡を行く


岩宇土山山頂


オコバ谷分岐


林道終点に着く


尾根の巨岩を右に捲く


上福根山が迫る


岩の混じる尾根を登る


上福根山山頂


オコバ谷に下ったが崩落で断念





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