甲信越の山百選 
けんがみね

標高 3067m
黒沢口登山口(六合目)→20分→六合目半→40分→七合目→50分→八合目(女人堂)→1:00→九合目→30分→剣ヶ峰(御嶽山山頂)

御嶽山山頂は広大な台地になっていて、いくつもの火口湖があるのだ。そしてその火口を囲んで複数の山頂がある。今回の登山では火口湖のすべてを巡り、最高峰の剣ヶ峰の他に摩利支天山・継子山にも登ることにした。
御鉢めぐりから振り返る剣ヶ峰

 黒沢口登山口から八合目へ 1998年王滝道コース登山記録


道の駅日義木曾高原


黒沢口登山口


中の湯


六合目半の建物


御嶽七合目八海山支店


ロープウェイ分岐


八合目女人堂

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2010914

天気が悪くて二日間も登山を休んでしまった。昨日は朝が激しい雨だったのだが、昼からは晴れて、無理をしたら登れたのだが、山には雲がかかっていたので止めてしまった。
天気予報では今日はきれいに晴れるはずなのだ。
木曽福島の近くの「道の駅日義木曽駒高原」に泊ったのだが、登山口の中ノ湯までは30km以上あるので5時半に車をスタートさせた。
御嶽山はすごい信仰の山で、登山口に向かって走って行くと、道に沿ってたくさんの石碑がたっている。異様といっていい雰囲気だ。
登山口には広い駐車場があって、ここにはバス停もあった。ここは黒沢口登山道六合目なのだ。歩き始めたのは655分である。
林道のような広い道を歩いて行くと、すぐに大きな建物の前に出た。これが中ノ湯なのだが閉鎖していた。ここから登山道が始まる。
入口には社(やしろ)と開清行者の像がたっていた。
樹林の中に木の階段が続いている。階段といっても段差がほとんどなくてすごく歩きやすい。横に並べた木は古いものが多くて、半分朽ちてしまっているのだが、それがほとんど隙間なく並べられていて、木道を歩いているようなのだ。御嶽山に信仰登山する人達が長い年月をかけて、この階段道を造ってくれたのかもしれない。
中ノ湯から15分ほど登ったら、青いトタン壁の建物の前に着いた。ここにも小さな鳥居と社があった。この建物は御嶽山の薬草の出張所なのだそうだ。6合目半と書かれていた。
この先、傾斜がきつくなって、木道のような階段道を20分余り登ると、再び建物が見えてきた。壁には大きな看板があって、「御嶽七合目八海山支店」と書かれていた。ここが七合目のようだ。ここにも社があって、その横に鐘が下がっていた。
六合目から40分で七合目か…順調だと思いながら、さらに登って行く。頭上を覆っていた樹林が明るくなると、青空が広がっていた。今日は天気予報通り快晴である。
七合目から
10分余り登ったところに、ロープウェイ山頂駅舎の分岐があった。大きな看板で、「ここから10分、終了時間は1630分」と書かれていた。
この分岐から少し行くと大きな建物の前に着いた。そこには黒沢口七合目という看板が下がってした。ここが本当の七合目なのだ。では、さっきのはいったいナンダッタのだ…。
この建物の右を抜けて行くと石段があって、その上に鳥居と社が見える。「開山覚明行場跡覚明社」というのだ。そのすぐ先で沢を渡るのだが、川底は岩盤で注連縄が張られていた。ここが行場のようである。
急な階段道を登って行く。深い針葉樹林の中に入ると、苔むした大きな岩がたくさんあった。15ほど急な登りを続けると新しい木の階段があって、このすぐ先で視界が開けた。振り返ると青い山並みが見える。これが中央アルプスであった。経ヶ岳と木曽駒の間に見えるのは甲斐駒だ。
このあたりから道には岩がゴロゴロするようになって、快適な木道のような階段は終わってしまった。でも、鬱蒼とした針葉樹林からは抜出して、頭上には青空が広がっている。振り返ると中央アルプスの眺め。展望が開けるとウキウキしてしまうのだ。
八合目の女人堂に着いたのは835分である。行く手には御嶽山の岩峰が見える。すごい眺めである。ここから北に眼を転じると、乗鞍岳とそのすぐ右奥に穂高が見えた。
絶景である。




 八合目から剣ヶ峰山頂へ
女人堂からの登り


鳥居をくぐる


溶岩の斜面を登る


覚明堂休憩所


山頂が見えてきた


剣ヶ峰山頂


女人堂が森林限界で、この先はハイマツの急斜面を登るのだ。これからの急登に備えて休憩。ここには御嶽山の山頂部のマップがあった。
御嶽山の山頂はすごく広くて、たくさんの旧火口があるのだ。その火口が池になっていて、一の池から五ノ池まであるのだ。また、ピークも3つある。いわゆる御嶽山山頂は「剣ヶ峰3067m」なのだが、その他に「摩利支天山2859m」と「継子岳2859m」もあるのだ。せっかくなので、この三つの山頂にすべて登りたいと思っている。そして五つの池も巡りたい。けっこう楽しくなりそうだ。
女人堂からはハイマツの中を登って行くのだが、ハイマツの中に続く登山道は岩に覆われたガレ場である。道の所々に石の神像が祀られている。修験道の神様というのは本当にわかりにくくて、平安貴族のようなかっこうもあれば、僧侶の姿、行者など様々なのだ。
ハイマツの中の急登が続き、石の鳥井をくぐる。ここにも石の神像がたっていた。
この先はハイマツ帯からも抜出して、完全な岩礫の急斜面を登って行くのだった。岩礫の中、ペンキ印に従ってジグザグの急登を続ける。行く手の岩峰には山小屋が見える。。あんなまで登るのか…とため息が出てしまう。
岩礫の中を25分ほど急登すると、神様の名前を刻んだ二つの大きな岩の前に着いた。ここには山頂まで1kmという標石があった。5分ほどで石室山荘という小屋の前に着いた。驚いたことに登山道はこの小屋の中を通り抜けるのだった。
この先は赤茶けた岩が累々とする急斜面をジグザグに登って行くのだ。傾斜はさらにきつくなった。
石室山荘から15分ほど登ったところに九合目の石標があった。ここからひと登りで小屋のすぐ横に着く。覚明堂休憩舎と書かれていたが、今は閉鎖されていた。この小屋の前で左にターンして石段を上ると、鳥居と石仏群があった。
ここからは大きな岩の急斜面を登って行く。道には大きな丸太を渡した階段になっている。
ようやく尾根の上に出て、あとは岩礫の尾根をひたすら登って行く。尾根の右下に鮮やかなコバルトグリーンの池が見えた。これが二ノ池で、池の畔には山小屋がたっていた。
尾根の行く手には二軒の山小屋が見える。この奥が剣ヶ峰山頂なのだ。頂上山荘の前に着いたのは10時少し前。この小屋の少し手前で左の道を行く。こっちにも小屋があって、二軒の小屋の間を抜けると山頂に上る石段がある。急な石段の登りはきつかった。石段を上って鳥居をくぐると神社の境内のような広場で、正面には社とたくさんの神像が並んでいる。
広場の右奥に山頂の標識がたっていた。標識前にあるのは一等三角点であった。
頭上には真っ青な空が広がっているのだが、雲が湧き上がってきていて、乗鞍岳や穂高はもう見えなかった。中央アルプスも雲に隠れている。




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