ダイヤモンドトレールを行く. | ||
![]() こんごうさん 標高 1125m
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一ノ鳥にあった標石. |
金剛山山頂へ | ![]() 林道から山道に入る ![]() 山頂の参道に合流する ![]() 山頂神社には雪が ![]() 金剛山山頂の葛城神社 |
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BACK 関屋峠から葛城山へ 2002年11月3日 |
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金剛山から紀見峠へ | ![]() 一ノ鳥居に戻った ![]() 伏見峠 ![]() 神福山にあった赤い社 ![]() 神福山山頂 ![]() 杉尾峠 ![]() 西の行者堂 ![]() 紀見峠駅 |
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表参道を下って一の鳥居まで戻り、ダイトレのルートを行く。すぐに展望台があったのでこれに登ってみた。 山頂方向は紅葉に彩られている。晩秋の美しさだ。 ここからさらに伏見峠に向かう。 4年前に来た時は、ここからそのまま下山したのだが、今回はさらに尾根の道を進む。 雨も上がったので、このままダイトレを行くことにした。20分ほど行くと、道端に「中葛城山」の案内が立っている。ここは平らな道が続いているところで、とても山頂とは思えないところであった。 ここから少し行くと、樹林の中に高谷山(標高934m)の標識がたっていた。展望もないので、そのまま通過。 さらに、二つの峠を越える。最初が久留野峠、次が千早峠である。このあたりは、ただひたすら単調な樹林の中を行くので、だれてきてしまう。 考えてみると、このダイトレのルートは、純粋に登山ということだけで評価するとしたら、そんなに面白い山が連なっているわけではない。面白さは、ひとえに歴史的な価値にある。ここまでで多くの峠を越えてきたが、その峠の一つ一つに歴史がある。これを考えるのが面白い。 たとえば、竹内峠は、古代においては河内から物資輸送のための幹線道路であったし、今到着した「千早峠」は幕末の天狗党の事件の舞台でもある。あれやこれやの歴史の道なのである。 千早峠から道は西に向かう。急な登りになって、登り着いたところが標高792mの「神福山」山頂。今にも倒れそうな山名標識と小さなお社があった。 山頂から下ると、国道310号線が通る金剛トンネルの上を通過した。 この先は修験道の尾根道で、行者杉・西ノ行者堂などと過ぎて行くのだ。 天気は降ったり止んだりで、うっとうしい。 歩きながら考えた、紀見峠に着いたとき雨が降っていたらそこで帰ろうと。雨の中でテントを張っても、少しもおもしろくない。また、明日が晴れるという保証もない。山なんてのは、天気がよくなければ辛いだけである。 樹林の中の道から、突然林道に出る。ここが山の神の分岐のようだ。 ただ、このあたりから自分の位置がわからなくなってしまった。 林道の舗装された道を行く。指導標は紀見峠を指しているから間違いないとは思うのだが、自分の持っている地図と、どうも一致しないのだ。 舗装道路を行くと、古ぼけた指導標があって、岩涌山を指しいる。この舗装道路から右に外れて行くようなのだが、自分の地図と合致しない。 その指導標は本当に古いもので、ほとんど朽ちかけているのだ。 ともかく舗装道路を行くと「紀見峠」と書かれた大きな看板が立っていた。ここから左に登って行く道があって、ここにも指導標が立っている。ところがこの指導標は金剛山をさしていた。この道が金剛山から来る道だとすると、私は間違ったルートを歩いてきたようだ。ともかく人里に降りてしまうと、いろんな道が交錯していてよくわからなくなってしまうのだ。 紀見峠はシトシト降る雨の中であった。 仕方がないので、あきらめて家に帰ることにした。 この近くには近鉄線が通っているので、続きを歩くときも交通のアクセスが便利である。 紀見峠には地図が書かれた大きな看板が立っていて、この地図で紀見峠口駅への行き方を頭に叩き込んだ。自分の地図ではよくわからないのだ。 舗装道路を歩いていく。曲がりくねっていて、10分ほどで駅に行く道の分岐があった。ここから急な道を下って、集落の中を通り、駅に着いたのは16時半頃であった。 NEXT 岩湧山 BACK ダイヤモンドトレールを行く |
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