熊野古道 大峰山奥駈け道をゆく
如意宝珠岳 736m
玉置山 1076m
貝吹金剛→40分→古屋宿→15分→如意宝珠岳→15分→雲の岩→30分→稚児の森→45分→花折塚→35分→カツエ坂登り口→20分→玉置山山頂→10分→玉置神社

この日は霧雨で、霧にかすむ山道をひたすら歩いて行く。花折塚の前後は舗装された林道を歩かなければいけなかった。期待していた玉置山山頂も霧の中で、この日は展望が一切なかった。でも、玉置山山頂にある三角点は一等三角点なのだ。
玉置山山頂

 如意宝珠岳
テントをたたみ、パッキングを終えた


ピークを越えたら奥駈けの石標があった


21世紀の森への分岐


如意宝珠岳山頂

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2009813

朝、テントから外に出ると、かすかな霧雨。今日は天気が悪いのかと思うとがっかりしてしまう。隣にテントを張った人は、今日中の熊野本宮をめざしてすごく早く出発していった。私は水呑金剛でテントを張るつもりで、4時間15分の行程である。でも、調子がよかったら六道の辻まで行こうとも思っている。
一緒にここでテントを張った登山者から西に下ると沢があると聞いた。水場があったのだ。昨日、水をだいぶ使っているので、まず水汲みに行った。ほとんど踏み跡がない急斜面を下る。下から流れの音が聞こえてきた。涸れた沢に入って、これを少し下ると水が流れ出していた。よかった。

水汲みを終えて、テントを畳んで、出発は635分である。雨具をどうしようかと思ったが、今は雨は降っていないので、ザックカバーだけつけて、雨具は着ないことにした。
植林の尾根を登って行く。20分ほどで一つのピークを越して植林の急斜面を下る。降り着いた鞍部には奥駈けの石標がたっていた。
この先は緩やか自然林の尾根になった。でも、すぐに植林の下りになって、21世紀の森の指導標がたっていた。真新しい標識で、15分の下りで古屋宿の水もあるらしい。
ここから少し登ったところには古屋宿跡という石標がたっていて、たくさんの奉納木札が置かれていた。ここは「大峰山奥駈け75靡」の12番靡なのだ。
杉林の急な尾根を10分ほど登ったピークには千朋の森という石標があって、ここにも奉納木札が立てかけられている。あたりを見回したら、木の枝に「如意宝珠岳 735m」と書いた小さなプレートがあった。ここは11番の靡なのだ。



 花折塚
雲の岩


林道に出てしまう


花折塚の登り口


花折塚


如意宝珠岳山頂から緩やかに下って行くが、植林の中に入ると急下降になって、下り着いたところには岩の口と書いた奥駈けの石標がたっていた。下って来た方を振り返ると苔むした岩があって、そこに雲ノ岩という石標がたっていた。

鬱蒼とした杉林を登って行くと石仏があって、そこからさらに5分ほど登ると「稚児の森」という石標があった。石標の横には苔むした箱形の祠があった。
稚児の森から少し下ると、下に舗装された林道が見えてきた。結局、この林道に下ってしまって、そこには新しい奥駈け道の説明板がたっていた。
このまま林道を行くのかと思ったらそうではなくて、すぐに左の樹林の中に入る。ここからはなんどか林道に出てはすぐに登山道に入るということを繰り返すのだ。
行く手に高い山が見えてきた。これが標高834mの横峰金剛らしいのだが、登山道はこの左を捲いて行くのだ。
鬱蒼とした樹林の中を歩いて行くと霧雨が降り出した。疲れてもきたので、この途中で休憩することにした。斜面に腰掛けて休んでいて、ふとザックをみたら、ヒルが頭をもたげていた。ゲッと思った。乾光門ではすごく注意していたが、こんなところにヒルがいるとは。あわてて立ち上がって、ズボンや靴を調べてヒルがいないか点検、とももかく早く出発することにした。

杉林の斜面を斜めに登って行って、林道に出る。
舗装され林道を歩いて行く。霧がかかっていて、舗装面は雨で濡れていた。林道から左の山道に入って、少し登ると再び林道に出た。大きくカーブした林道をショートカットしたのだ。この少し先に花折塚への登り口があった。指導標がいくつもたっていて、ここからは200mらしい。
霧に霞む杉林の中を登って行くと、石垣が組まれたところに石碑がたっていた。ここが花折塚である。ここは南北朝時代の武士、片岡八郎の墓なのである。大塔の宮のお供として玉置山へむかったのだが、ここで戦死したのだ。この墓前を通る人々が花を供えたことから花折塚の名前がついたのだという。
ここの石垣に腰掛けて少し休憩。もちろんヒルがいないかよく確認した。



 玉置山
玉置山展望台の看板があった


カツエ坂を登る


玉置山山頂


益々濃くなった霧の中を下ると
10分ほどで林道に出てしまった。ここからはしばらく林道を歩くのだ。
舗装の林道を緩やかに登って行くと、右に「玉置山展望台」の看板があった。晴れていたら立ち寄るのだが、今日は深い霧である。通過した。
ここから5分ほど行くと、「世界遺産 大峯奥駈道」という大きな石碑があった。この後ろに展望台があった。ここからは天皇山を眺めることができて、遠くには熊野灘を見ることもできるらしいのだが、真っ白で何も見えなかった。この石碑のたつ広場から再び登山道に入る。この石碑の前で休憩しながら地図を見ると、ここからの山道を「カツエ坂」といって、20分ほどで玉置山に着くらしい。もうひと頑張りである。登山道の入口に立つ石標には玉置神社まで800mと書かれていた。すぐではないか。(甘かった…)
林の中を5分ほど登ると「餓坂」とい石標がある。これでカツエサカと読むのだった。
自然林の尾根になって、石標から20分ほど登ると、霧の中にアンテナ塔が聳えているのが見えた。ここから少し登ると草の広場があって、真ん中に三角点があった。よく見たら一等三角点であった。玉置山は「大峰山奥駈け75靡」の10番靡なのだ。石造りの祠もあって、中に仏像が収まっていた。



 玉置神社
霧の杉木立を行く


急な坂をジグザグに下る


水神社の横に出る


玉置神社本殿


玉置山のすぐ下が玉置神社…、と思っていたら大間違いであった。杉の大木が聳え立つ急斜面をジグザグに下って行くのだ。どんどん下って行く。霧の中にいくつもの鳥居がならんでいるのが見えてきた。さらに下ると、杉の巨木を柵で囲っている前に着いた。これが玉石社、さらに下る。ようやく社殿が見えてきたのは山頂から
10分も下ってからであった。
赤い幟が並ぶ三柱社の前に出て、そこから参道の石段を下ると社務所がある。11時少し前になっていた。その横に休憩のテントがあった。長机とパイプ椅子が並んでいて、お接待のお茶の魔法瓶も置かれていた。ここで休憩。熱いお茶がすごくおいしい。ここで休憩していると霧雨が本当の雨になった。けっこう観光客がやってくる。休憩しながらガイドブックを読むと、ここから1時間足らずで「水呑金剛」である。これなら六道の辻まで行けるのではないかと思う。雨の中を歩くのはイヤなのだが。
悩みながら休んでいたら、神社の人が、スイカを持ってきてくれた。すごくおいしかった。山に入ってから、新鮮な果物は口にしていないのだ。たくさん食べてしまった。
この前に水場があったので水を補給した。今夜の野営の分もつめたので、ずいぶんザックが重くなった。せっかく食料がなくなって軽くなったのだが。
雨が強くなった。雨具を着て出発した。結局40分も休憩してしまった。
社務所の前の細い道を行くと玉置神社の本殿の横に出る。りっぱな神社である。お接待もしてもらったので、特に丁寧にお参りした。


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