熊野古道 大峰山奥駈け道をゆく
地蔵岳 1250m
香精山 1122m
笠捨山→25分→葛川辻→25分→槍ヶ岳→15分→地蔵岳→35分→四阿宿跡→20分→水場→30分→香精山→30分→貝吹金剛

葛川辻で水を補給するつもりであったが、地図に記載があるにもかかわらず水場がなかった。そして、ここから槍ヶ岳・地蔵岳まではすさまじく険しい岩場の連続であった。
鉄塔の広場から地蔵岳を振り返る

 笠捨山から槍ヶ岳(17番靡)へ
笠捨山から下る


葛川ノ辻、ここに水場はなかった


送電線の鉄塔に着いた


捲き道進入禁止の標識があった


槍ヶ岳の石標

BACK 平治宿から笠捨山へ

2009年8月12日

ここまでは南に向かって歩いてきたのだが、笠捨山からは直角に西に曲がる。行仙岳から見えていた尾根を行くのだ。笠捨山と地蔵岳の途中に葛川辻があって、そこに水場がある。今夜の野営予定の貝吹金剛には水場がないので、ここで補給しなければいけないのだ。でも、そうすると
重い水を担いで3時間も歩かなければいけないということになるのだが…。
山頂を後にしたのは1235分、自然林の中を下って行く。20分ほど下る檜の植林帯に入って、指導標がたっているのが見えてきた。葛川の辻であった。
ここで道は二つに分かれる。尾根を登って行くのが奥駈け道で、左の捲き道は上葛川に至る道である。ところが、ここにあるはずの水場がない。水場のことはガイドブックの地図にも書かれているし、昭文社の山と高原地図にも記載されている。キャンプ適地のマークまであるのだ。地図には登山道のすぐ近くに水場のマークがあるのだが、それなのにそれなのに…どんなに探しても水場がない。
上葛川への道を少し行ってみたがなくて、引き返して登山道から北に分岐する道もいってみたが…、やっぱりない。
困ってしまった。ポリタンに残っているのは
0.5リットルほどで、これでキャンプするのはかなり苦しい。しかし、水場はないのだからどうしようもない。
あきらめて先に進むことにした。
5分ほど行くと、樹林から抜け出して、送電線の鉄塔がたつ展望の尾根に出た。こここら振り返ると行仙岳から見えた。
行く手には小さいが槍のように突き立つコブが見えるのだが、樹林におおわれているのでたいしたことはないだろう。(まったく間違っていた。ここからすさまじく険しい岩稜になるのだ)

再び林の中に入って、一つ目の小さなピークを越えて平坦な尾根を行く。…と、急な登りになった。どんどんきつい登りになって、鎖にすがって急登する。これを越えると、今度は岩壁が立ちふさがっていて、ここには「捲き道危険」という標識があった。
岩峰の右を捲く。とんでもない岩場をトラバースして、キレットのような岩の鞍部に下りる。ここからは巨岩のスリットを鎖にすがって登る。
ようやく岩の尾根の上に出ると、捲いてきた岩峰の根元に「槍ヶ岳」という石標がたっていた。
奉納木札がたくさん置かれている。ここは「大峰山奥駈け75靡」の17番靡なのだ。すごい修行場である。




 地蔵岳から水場へ
ナイフリッジを通過する


地蔵岳山頂


岩場を桟でトラバースして行く


水場と郵便古道の分岐。左に下る


槍ヶ岳からさらに岩場の登りは続く。鎖にすがって急登する。振り返ると槍ヶ岳が本当に槍の穂先のようにつきたっていた。
鎖場を過ぎると、荒れた感じの岩尾根が聳え立っていて、その先にはナイフリッジになっている。これを恐る恐る通過して、木の根の張り出す急斜面を登るとようやく地蔵岳山頂であった。槍ヶ岳からは
30分ほども登り続けたような気がしたが、時計をみたら10分もたっていなかった。
地蔵岳山頂の直下で左に捲く道が分岐する。これが下山路のようだ。ザックをここに置いて山頂に立った。
1350分であった。
山頂からは真っ直ぐに進む道がある。この方がさっきの捲き道よりも緩やかな気がする。ザックを回収してこの道を下った。

すぐに左からくる道と合流する。これが捲き道である。ガイドブックにはお地蔵様があると書いているので、行ってみた。すぐに岩壁の下にお地蔵様を見つけた。この先も険しい道が続くようなので、お地蔵様に安全を祈った。
登山道は尾根の左側をトラバースして下って行く。岩場のトラバースはすごく怖い。ロープにすがってトラバースし、桟がかかっているところもある。15分ほど、この急峻なトラバース道を行くと、ようやく尾根道に出た。ここからは普通の道であった。ほっとした。
少し行くと石標がたっていて、そこに「水場5分」の指導標があった。助かった…と思った。
さっそく、ポリタンと水筒を持って水場に下って行った。すごく急な下りであった。笹藪を掻き分けて
、5分ほど下ると郵便古道と水場の分岐の指導標があった。水場に下る。ザラザラの急斜面を下ると、垂直にたつ岩場の間から水が流れ出ていた。まず、喉を潤した。今夜の為にガマンしていたのだ。ポリタンにいっぱいに汲んで分岐に戻った。
ともかく水が確保できたので、ここで少し休憩。



 四阿宿(16番靡)〜香精山(13番靡)〜貝吹金剛
四阿宿


菊ヶ池


鉄塔の展望台に着いた


香精山山頂


貝吹金剛の巨石


貝吹金剛にテントを張った


今日泊まる予定の貝吹金剛まではあと
1時間半ほどである。水も確保できたので元気に出発。すぐに露岩の尾根を登る。尾根の右は岩壁になっている。岩場はまだ終わってなかったのかと思った。
傾斜が緩まったところに、新しい不動明王の石像があった。ここが四阿宿かと思ったが標識はない。
ここから
10分ほど登ると、行く手のピークに石標が見えた。ここが四阿宿跡で「大峰山奥駈け75靡」の16番靡である。右に広い道が分かれていて、これを行くと東屋岳山頂に至るらしい。
桧林を下って行く。
15分ほど行くと、15番靡の菊ヶ池という石標があった。周りを見回したが池らしきものは見えなかった。ガイドブックには大日如来を祀る祠があると書いてあるのだが、それもなかった。
このすぐ先には「拝み返し」という石標があった。第14番行所と書かれていたが、「靡」のことである。樹林の平坦な尾根の途中にすぎなくて、行場にはとても見えなかった。
狭まってきた尾根を緩やかにアップダウンして行くと、宿跡の石標があって、さらに5分ほど行くと上葛川への分岐がある。これは葛川辻で分かれた捲き道に下るのだ。
少し行くと樹林を抜け出して展望が広がった。そこには送電線の鉄塔が聳え立っていた。振り返ると地蔵岳、槍ヶ岳、笠捨山の眺めがすばらしかった。
再び杉の植林に入って、尾根を登って行く。自然林の急な登りになると、すぐに香精山の山頂に着いた。13番の靡で、三等三角点があった。
香精山からテント場の貝吹金剛までは35分で着けるはずであるが、時間はもう1545分になっている。急がなければいけない。
背の高い笹藪の間を急降下する。どんどん下って行くと植林帯に入って、傾斜は緩まる。香精山から25分ほど下ったところで、尾根の真ん中に指導標がたっていた。ここから右に下るのである。杉林の中の急下降であった。真っ逆さまといった急斜面を細かなジグザグで下って行く。ようやく下に平坦な道が見えてきたら貝吹之野と書いた石標があった。ここで左折すると、岩の絶壁の下に着く。ここには貝吹金剛があると書いているのだが、石標があるだけであった。
この岩壁から階段になった道を急下降する。杉林の中の平坦な道になると指導標があって、貝吹金剛と書かれていた。鬱蒼とした杉林の中で、とてもキャンプ適地とは思えない。それにテントを張るスペースなんて、ほとんどないではないか。水場があるという葛川辻にしろ、ガイドブックは間違いだらけではないかと思ってしまう。どうしようかと思って、ここで休憩していたら、登山者が一人下りてきて、やはりここでテントを張るつもりだという。これを聞いて私もここで野営することにした。

二人で、葛川辻の水場のことで出版社の悪口で盛り上がったしまった。
テントを張り終えて、中に落ち着いたのは1650分頃である。


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