熊野古道 大峰山奥駈け道をゆく
大天井ヶ岳
おおてんじょうがたけ

標高 1438m
足摺宿→35分→百丁口→20分→二蔵小屋→1:20→大天井ヶ岳→40分→五番関→1:50→洞辻茶屋

大峰奥駈け道はアップダウンを繰り返して高度を上げてゆく。大天井ヶ岳を越えると五番関で、ここには女人結界門がたっている。大峰山は今なお、女性の入山を禁じているのだ。
大天井ヶ岳

 足摺宿から二蔵宿(69番靡)へ
小屋の中


小屋を振り返る


林道に出てしまった


百丁口


百丁茶屋跡(69番靡)


二蔵小屋

BACK 吉野から足摺宿へ

200985

朝、外が少しだけ明るくなったころ、お経の声がして目を覚ました。時間を見たら4時半である。修行の行者がやってきたらしい。小屋の中にテントを張ってしまっているので、どうしようかと思っているうちに声がしなくなった。行ってしまったらしい。
そのままウツラウツラしていて、目を覚ましたら6時半になっていた。少しあわてて出発の準備をした。私は朝食はとらないので、お湯を沸かしてスープをつくって飲むだけである。ザックへのパッキングを終えると出発は7時半になってしまった。かなり遅くなった。
外に出ると雨は止んでいて、樹林の上には少しだけ青空が見えた。
この足摺宿周辺にはなぜか石灰石が多い。小屋の前にも苔むした石灰岩群があるのだが、歩いて行くと道に沿って石灰岩が続いていた。
緩やかな下りが続く。道は杉の植林帯に入ったが、すぐに自然林になった。樹林が途切れたところからは行く手に三角に聳える山が見える。これが、これから登る大天井ヶ岳だろうか。
尾根を下って行くと右下には舗装の林道が現れて、これと平行するように行くと、とうとう林道に出てしまった。舗装された林道を歩いて行くと、川上村と書かれた木柱がたっていた。そのすぐ先には草原の小さな広場があって、ここから再び山道に入る。そこには指導標と百丁口という標識があった。
尾根の右側に登山道は続く。杉林から自然林に変わるところで尾根を左に越える。ここには指導標があって、それには尾根通しに行く道が古道となっていた。でも、尾根をアップダウンを繰り返すのはイヤなので、尾根のトラバース道を行くことにした。
5分ほど行くと、再び尾根に合流して、そこには百丁茶屋の標識があった。「大峰奥駈け75靡」のうちの69番二蔵宿というのはここにことなのだ。
百丁茶屋跡から少し行くと小屋のたつ広場に着く。これが二蔵小屋であった。昨日、雨の中をここに向かった登山者がいたが、無事ここに泊まることができたのだろうか。私はここまで
55分もかかってしまった…。
小屋の中をのぞいてみたら、板張りの真ん中にはだるまストーブがおかれて、けっこうきれいな小屋であった。

小屋の前の広場には祠が置かれていて、ベンチもあるので、ここで少し休憩することにした。
休みながらガイドブックを読むと、ここから大天井ヶ岳の道が分岐するのだった。まっすぐは大天井ヶ岳の東を捲いて行く道である。私はもちろん山頂に登る道をとるつもりなのだが、困ったことがある。水がないのだ。昨夜の野営でほとんど水は使い切っている。そして水場は捲き道の途中にあるのだ。大天井ヶ岳から下ると五番関なのだが、地図にはキャンプ適地と記載されているので、そこには水場があるような気がする。もともとはここにテントを張るつもりだったのだから。




 大天井ヶ岳から五番関へ
大天井ヶ岳への登り口


レールに沿って登る


大天井ヶ岳の肩の祠


大天井ヶ岳山頂


五番関の女人結界門


小屋の広場の外れから右折して、尾根に向かって登る。最初はかなり急であったが、すぐに緩やかなアップダウンの道になった。時々すさまじく急な登りになったりする。
40分ほど登るとモノレールのレールが現れた。これに平行して急な尾根を登って行く。
レールに沿って
10分ほど登ると樹林から抜け出して、右に展望の広場があった。ここが大天井ヶ岳の肩である。山側に御堂がたっていて、その反対側には展望が広がっていた。空はすっかり晴れて、私がたどってきた奥駈けの道が一望できた。
ここから山頂まではすさまじい急登であった。レールに沿って登って行く。ようやく傾斜が緩まって、息を整えながら歩いて行くと尾根の上に出る。この尾根を引き返すようにターンすると、そのすぐ先が大天井ヶ岳山頂であった。女性の登山者が二人いた。五番関から登ってきて、これから二蔵小屋に下って捲き道を通って五番関に帰るのだという。
大天井ヶ岳山頂は樹林に囲まれていて、展望は十分ではなかった。山頂の真ん中には三等三角点があった。
分岐に戻って、尾根を緩やかに下って行くと、突然、すさまじく痩せた尾根になった。そこには木の根が張り出していて、慎重に下って行かなければいけなかった。この痩せ尾根を通過すると、尾根は広くなって傾斜は緩やかになった。
樹林の尾根には石灰岩が点在するようになって、これを過ぎると、樹林が途切れて行く手の山々を展望できた。山上ガ岳から東の尾根が見えるということなのだが、山頂部には雲がかかっていて、山々を特定できなかった。
再び樹林の中に入って、急な道を下って行くと大きな岩が聳え立っていた。この巨岩を右に捲いて、
7分ほど下って行くと、樹林が途切れて草地の広場に着いた。ここが五番関であった。小雨が降り出していた。
五番関には女人結界門がたっている。世界遺産の大峰古道にこんな男女差別の象徴のような女人結界門があっていいものかと思うのだが、これも宗教上の伝統なのだから仕方がない。このため、今もって女性は山上ガ岳に登ることはできないのだ。
ここで休憩しながら、水場はないか探してみたが、そんな指導標はない。仕方がないので、捲き道を二蔵小屋に向かって引き返し、その途中にあるはずの水場を探すことにした。



 五番関から洞辻茶屋(68番靡)へ
水を求めて沢を下った


女人結界門をくぐる


百六十丁の標石


洞辻茶屋の分岐


捲き道は最初はほとんど平坦な道であったが、すぐに急下降があって、その後は尾根をいくつも回り込んでアップダウンを繰り返す。
20分ほど歩いてようやく沢の流れの音が聞こえてきたのだが、登山道が沢を横切るところに水は流れていなかった。しかたがないので、この沢を水の流れがあるところまで下った。岩が累々とする涸れ沢をかんり下って、ようやく水を汲むことができた。ほっとした。
五番関に戻ったのは1145分、50分ほどかかってしまった。
五番関には大峰奥駈けの石造りの指導標が立っている。この先、この指導標にはずいぶんお世話になことになるのだ。そこには山上ガ岳まで4.5kmと書かれていた。
出発は12時である。女人結界門をくぐって、尾根の左を斜めに登って行く。30分ほどで祠のたつ広場に着いた。
ここから10分ほど緩やかに登って行くと突然急登になった。これを越えると尾根の上に出て、広い尾根をそこには「百六十丁」という標石がたっていた。ここからは霧の中の広い尾根を歩いて行く。20分ほど行くと、すさまじい急坂が立ちふさがった。ロープが下がる露岩の壁で、これがけっこう長い。ロープは三連になっていて、必死で登ってようやく尾根の上に出る。そこからは自然林の広い尾根であった。
霧に霞む林を眺めながら歩いて行くと、姫笹が絨毯のように広がる。
25分ほど行くと行く手に仏像がたっているのが見えてきた。不動明王の銅像で、この左を通って行くと鉄の灯籠があって、その先に小屋が見えた。洞辻茶屋であった。ここが「大峰奥駈け75靡」のうちの68番浄心門である。ここで西から洞川からの道が合流する。洞辻茶屋というのは長屋のように細長い建物で、この小屋の中が通路になっている。その両脇には御堂や茶屋が軒を連ねているのだ。この頃、雨が益々強くなって、少し休憩することにした。


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