BACK 摂津峡から忍頂寺
4月26日
関西に来てからは、まだ仕事に慣れないこともあって、山に登らずにいた。
待望のゴールデンウィークである。ともかく、どこかに出かけようと思う。
山では「比良山」に登りたいと思っていたのだが、まず関西での足慣らしをするつもりで、東海自然歩道を歩くことにした。
阪急線で高槻市まで行って、ここから原大橋行きのバスに乗る。
JR高槻駅のバス乗り場に行ったのだが、私の乗る路線の乗り場がない。しばらく探したのだがどうにも見つからなくて、途方に暮れてしまったが、はたと気がついた。
今いるのは南口なのだが、もしかしたら北口にもバス乗り場があるのではないか。
正解だった。
10時7分発のバスに乗って、原立石で下車…、するつもりが乗り越してしまった。バスの終点の原大橋が頭にこびりついていて、そこで降りるつもりになっていたのだ。
次の停留所の神護山寺口で降りた。
ここから東海自然歩道に合流すべく歩き始める。
舗装された道を行くが、門があってそこにシキミの束が門の上から吊るされている。これを「勧請掛」というのだそうだ。これはこのあたりのしきたりののようで、自分にはひどくめずらしかった。
その道の脇に石塔が立っている。五輪の塔と宝塔である。さすがに関西は、どこに行っても歴史を感じさせるものが多い。
ここから再び歩き始めようとしたら、道端に東海自然歩道の指導標が立っているのを見つけた。コースは分岐して谷に下るのだ。見逃すところであった。
ただ、そのまま車道を行っても神護峰寺には行き着くことができる。でも、やっぱり自然の道を歩きたいではないか。
とはいいながら、歩きはじめて悔やんでしまった。けっこうアップダウンのある険しい道で、体力を消耗させられる。
30分ほどで神護山寺に着いた。
仁王門があって、その向こうに参道が続いている。
春の鮮やかな緑の木々がトンネルをつくっていた。
ここには日本最古の毘沙門天が奉られているのだそうだ。
なんか雰囲気がある。境内をのんびり散策させてもらった。
この神護山寺からさらに林道を行く。なかなか山道にならない。
この道はポンポン山への登山道で、登山者も多いのだ。
…といっても、ポンポン山というのは標高679mの山だから、ハイキング程度のものなのだが。
長い林道を歩いてようやく本山寺に着く。
立派な黒く塗られた門が立っていて、ここでも門の上からシキビが吊るされているのを見た。
本山寺に参拝する。
本堂の横を抜けてさらに奥に進むと登りが急になり、尾根に出て東海自然歩道と合流する。
このあたりからようやく山道らしくなって、ひたすらポンポン山を目指す。
潅木の山道を登って行くと前方が騒がしくなって、自然歩道から少し左に入るとそこがポンポン山の山頂であった。
そこには30人ほどの中高年の登山集団がいて、記念写真の真っ最中であった。
穂高以来、こういう大団体にはうっとうしさを感じてしまう。
記念写真で大騒ぎをしていて、15分ほどしたら出発して行った。
そうしたら、とたんに山頂は静かになって、ゆっくり昼の休憩をすることができた。
山頂を出発したのは1時。
山道を20分程下ると釈迦岳との分岐点に出て、さらに進むと杉谷の分岐。右に行くと善峰寺で、ガイドブックではこの寺を今回のコースの終点としている。
私はさらに先に進む。
そのまま稜線を行く。けっこう急な道を下って逢坂峠に着き、さらに林道の道をしばらく行く。山道に入って、またまた急な道を下ると金蔵寺に着いた。
お寺の入り口には10人ほどの人がたむろしていて、白装束の人も数人いる。彼らはこのお寺の参拝者のようである。
金蔵寺に参拝すことにして、石段を少し登ると真新しい朱塗りの門が建っている。門の入り口の真ん中に賽銭箱のようなものが置かれてあって、入門する人に寄付の呼びかけがされてあった。
この仁王門を潜って、石段を登る。
この寺からは一気に大原野に下る。道はすぐに舗装道路に合流するが、この車道は大きなカーブの連続になっている。自然歩道はそれを縫うようにショートカットして続いている。
この道はかなり急であった。
突然、視界が開けて、集落に出る。ここはもう京都洛西、大原野であった。
ここであっさりと道を間違えてしまった。
指導標の案内が極めてわかりにくかったのだ。20分ほど迷って再び最初の指導標のところに戻ってきた。
指導標というのは、柱があって、そこに進行方向の方角に案内板が突き出されいるのが普通なのだが、案内板は右方向に突き出されているのに、よく見ると、案内板に矢印が書かれていてそれは左を指しているのだ。
こんなのインチキだと叫びたくなった。
まず大原野神社に向かう。大きな石の鳥居をくぐって長い参道を行く。
本殿はこじんまりしているが、桧皮葺の屋根がひどくすっきりしていて、美しさを感じる。
ここから花の寺を目指す。
大原野神社からほんの少し行くと大きな門があって、これが花の寺の山門なのだ。
長い石段を登って行く。500mほどある。
花の寺の入り口の門はさっきの門に比べると、ひどく小さい。門を潜って拝観をお願いした。
花の寺は正式には「勝持寺」といって、天台宗の寺である。
ついでに縁起も紹介すると
「当山は、今日の西山連峰の麓にあって、小塩山大原院勝持寺と呼ぶ古刹であります。白鳳8年(西暦680年)天武天皇の勅によって神変大菩薩役の行者が創建したのが始まりで、延暦10年(西暦791年)に伝教大師が桓武天皇の勅を奉じて堂塔伽藍を再建され、薬師瑠璃光如来を一刀三礼をもって刻まれ本尊としました。
承和5年(西暦838年)仁明天皇の勅によって塔頭四十九院を建立されましたが、応仁の兵火に遭い、仁王門を除きすべて焼失しました。現在の建物は乱後に再建されたものです」
本堂に上がると、右に宝物館がある。
正直に言ってしまうが、私が関西最初のウォーキングでこのコースを選んだのは、ここにある如意輪観音像を見たかったからなのだ。
ところが…、それはなかった。
宝物館にはたくさんの仏像が安置されていて、両端には大きな仁王像、その内側には十二神将が並んでいる。
真ん中に座す本尊は薬師如来である。脇侍として日光月光の菩薩像が立っている。
期待の如意輪観音がないのでがっかりしてしまった。
あの観音像は花の寺にあったのではなかったのか、自分の勘違いか…と思ってしまった。
ただ、ここの薬師如来はすてきだった。鎌倉時代のものなのだが、金箔が剥落して黒く光っている。
印の結び方が変わっている。普通、薬師如来は施無畏、与願の印で左手の与願印の上に薬壷を持つ。
ところがここの薬師の右手は、薬壷から薬をつまみ出しているかっこうなのだ。
この薬師如来にはけっこう惹かれてしまう。
期待の如意輪観音には会えなかったけど、満足。
ここ、花の寺の庭は桜の花が美しいことで有名で、満開のころに来たらすばらしいんだろうと思う。境内には「西行桜」という桜の木もある。
花の寺を出ると案内があって、願徳寺はこちらと書かれ、そこに国宝如意輪観音とある。もしかしたら、私の会いたかった観音像はこれではないかと思って、このお寺も拝観することにした。
花の寺のすぐ隣にある寺院で、拝観を乞うと本堂の前で待って欲しいという。本堂の閉ざされた扉の前に行くと、住職が出てきて扉を開けた。
中に入って正座して正面を見ると、そこには私が求めていた観音像が安置されていた。
住職本人が説明をしてくれた。この観音の説明に入ると、中の照明が消されて、この観音だけがライトアップされた。
闇に浮かぶ観音像はすばらしく美しかった。
お礼を言って外へ出るときに、「昔は花の寺にあったと思うが…」と訊いてみると、6年前まで花の寺に預けてあったのだが、返してもらったのだそうだ。
納得した。
花の寺からは竹薮の道を下って行く。住宅の中の道に出て、筍の直販の店を見ながら行くと、国道に出る。
ここが今日の終点、沓掛である。
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路傍に石塔が立っていた

神峰山寺の仁王門

神峰山寺境内

本山寺山門

本山寺本堂

ポンポン山山頂

ツツジがきれいだった

金蔵寺の仁王門

金蔵寺本堂

判りにくかった指導標

大原野神社

大原野神社本殿

花の寺への参道

花の寺の山門

花の寺境内、西行桜

花の寺本堂

境内のツツジ
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