BACK 神護寺から鞍馬へ
6月2日
最初から失敗した。
阪急の始発の電車に乗ったのだが、ビデオのバッテリーを忘れたことに気づいた。一駅乗っただけで引き返す。おかげで、今日1日のスケジュールはすべて1時間遅れになってしまった。
四條河原町まで行って、ここから歩いて京阪四條駅に行く。京阪で出町柳まで行って京福電車に乗り換え、鞍馬駅に着いたのは7時半であった。
京福電車の鞍馬駅は、古い昔ながらの駅舎ですてきだ。
ここから歩き始める。
すぐに右の細い道に入って、これが薬王坂である。
薄暗い樹林の中の道を登って行く。
30分ほどで峠に登りついて、ここからは展望が開けて明るくなった。下って行くと途中に石碑があって、これが二尊板碑。板碑の上に如来像が2体刻まれていた。
歴史を感じさせる道である。
薬王坂を下ったところが静原の集落で、町の中にはたくさんのきれいな花が咲いていた。
国道に出てアスファルトの道を行く。車がどんどん通る道である。しかしこれはわずかな区間だけで、すぐに左に入る道があって、これが旧道のようである。この道は国道に沿って続いていて、登りきったところが江文峠。ここで再び国道と合流する。
東海自然歩道はここからは車道をいくことになるのだが、それもつまらないので、この江文峠からは山道を行くことにした。
この峠からは金毘羅山に続く登山道があるのだ。峠の入り口には大きな石の鳥居が立っていて、金毘羅神宮と書かれている。
鳥居を潜って山道を行く。
樹林の暗い山道を行くと、なにかしら女の声で般若心経を唱えているのが聞こえてきた。
けっこう不気味である。
金毘羅神宮社に着く。
拝殿でおばさんが一人、一心にお経を上げていた。考えてみると、神社でお経というのも変な話しなのだが、般若心経というのは宗派を選ばないというから、いいのか。
いよいよ本格的な山道になって、大きな岩の間を縫って登って行く。
金毘羅山山頂には鉄柵で囲われた祠があった。記念写真。
ここから稜線を行く。どんどん下って行くが、かなり歩いたなと思う頃に、ようやく寂光院の裏手に出た。
寂光院は参拝することにした。
ところが本堂が工事中である。なんでも最近火事で焼けてしまったのだそうだ。
気の毒…。
それでも、境内の庭はすばらしく趣があって、なにかしらしっとりした気分になる。
庭には苔がむしていて、その緑がひどく鮮やかだ。人も少なかったためにじっくりと鑑賞できた。
寂光院を後にして三千院をめざす。
大原の里を歩いて行く。集落の中を歩いて行くのだが、庭先の花がきれいだし、なにかしら趣のある古い民家の佇まいとか、ともかく歴史を感じさせる。
歩いて行くと多くの観光客にあう。ともかくこのあたりはすごい観光地なのだ。
バスターミナルに出て、ここから国道を横切って三千院をめざす。土産物屋さんが並ぶ細い道を行く。かなり傾斜のある道である。
三千院は石垣に囲まれていて、普通のお寺とは違う印象を受けてしまう。
三千院を拝観したのだが、中がずいぶん昔より広くなったような気がした。三千院といったら、庭園の中にある往生極楽院しか記憶になくて、昔とずいぶん雰囲気が違ってしまっていた。
拝観は靴を持って入る。出口が違うのだ。
まず、客殿に入る。庭園もあるのだが、そのまま廊下を歩いて宸殿に向かう。ここから有名な杉木立と苔の庭園を見ることができる。杉木立の向こうにお堂が建っていて、これが極楽往生院。
杉木立の庭園に下りる。ここで再び靴を履くのだ。
極楽往生院の裏に回ると、お堂の前が開け広げられていて、中に登らなくても阿弥陀三尊像を見ることができた。
この仏像は私の好きな仏像の一つで、特に脇侍の観世音菩薩と勢至菩薩が好きである。
今回は上がらずに、庭から拝しただけである。なんかこうして見ると、かなり大きく感じる。
三千院を出て、次に目指すのは比叡山である。
拝観に時間をかけてしまったので、もう11時半になっている。
根本中堂まで3時間、さらに近江神宮まで3時間かかる。この間、比叡山の諸堂の観光もしようと思うと、滋賀里駅に着くのは7時を過ぎてしまいそうだ。
ともかく急ぐ。集落の中を通って、叡山の登り口に着く。
田んぼの中の道の突き当たりから深い樹林の中に入り、ここから登山道が始まる。
急な山道を登って行く。路傍にはたくさんの石仏を見ることが出来た。古い歴史の道である。
なんかいいかげん疲れてきた頃に、ようやく稜線に出た。
このあたりが仰木峠かと思ったのだが、標識がない。さらに稜線を歩いて行くと、左手には琵琶湖が見えるようになった。
おかしいなと思っていたら、仰木峠は通り過ぎてしまっていた。
分岐がある。これは京都一周トレイルと東海自然歩道の分岐でトレイルは水井山を目指すのだが、自然歩道はまっすぐ横川に向かう。
このあたりで、団体とすれちがった。みんなワッペンんをつけていて、バスツァーの一行のようで30人くらいいる。琵琶湖の方から登ってきたのだそうだ。頂上はどこですかと訊かれるのだが、答えることができない。比叡山の頂上ってどこなんだろう。
道はどんどん下って行く。
心配になってきた。すさまじく急な下りになってしまって、これは道を間違えて琵琶湖に下る道に入ってしまったと思った。
谷筋に下り着いたら、そこに東海自然歩道の指導標があって、横川を指し示している。道を間違えてはいなかった。
それはよかったのだが、待っていたのは今まで下った分を取り戻す急な登りであった。
奥比叡ドライブウェイに出る。自然歩道はこの道をトンネルで潜る。
ここから少し行くと分岐があって、左に行くと横川である。
私は比叡山には何度か登っているのだが、横川を拝観したことはなかったような気がする。
今回は何としても、横川の諸堂を巡りたいと思っている。
山道を歩き、横川に着く。
横川中堂は真っ赤な色に塗られた本堂である。ここまではアスファルトの道が通っていて、観光客はこの道を歩いて来る。私は山道をきたのだが…。どうもすぐ近くに駐車場があるようなのだ。
横川中堂は昭和17年に落雷で焼失していて、今のお堂は昭和46年に再建されたものなのだ。でも、杉木立の中から見る鮮やかな朱の横川中堂はなんかとてもすてきだ。
ここから恵心堂を目指す。
古いお堂である。
さらに巡って元三大師堂に向かう。ここはおみくじの元祖だというのだが。
本堂は古い建物で、重要文化財である。横川中堂が派手派手しい赤だったので、逆に落ち着いた感じがする。本堂には古い絵馬のような額が掛けられていて、それが大津絵なのだ。
大津絵というのも私の好きな絵の一つで、代表的な図柄は鬼の念仏なのだ。
そんなのをゆっくり見ていたのだが、時間がないことを思い出した。
急いで横川中堂に戻る。
東海自然歩道の分岐まで戻って、少し行くと広い駐車場に出た。
駐車場を横切って、その向こうに階段があって、これが自然歩道である。
ここからはドライブウェイに沿った遊歩道を行く。少し行くとりっぱな杉の木が見えてきて、これが玉体杉である。2本の杉が立っている。ここで休憩。疲れた。すぐ下をドライブウェイが通っている。
すでに比叡山の観光スポットの真っ只中であって、観光客が多い。自然歩道のルートが本当にわかりにくくなっている。
指導標に虚子の塔というのがあった。
何だろうと思って行ってみると、高浜虚子の記念碑が建っている。五輪の塔もあって、高浜虚子はこの比叡山にずいぶん居たらしいのだ。
突然に立派な伽藍の前に出た。ここが西塔といわれる一角である。
比叡山は大きく3つの伽藍群に別れている。
横川とこの西塔と、根本中堂がある東塔である。
この西塔もすばらしい堂塔で、真ん中にあるのが釈迦堂。立派である。赤い色が落ち着いている。
この境内の一角に仏足石があった。お釈迦様の足の指紋であって、きれいな文様になっている。
釈迦堂正面の石段を登って行くと、2棟の赤いお堂が建っていて、この二つの建物を高床の廊下が結んでいる。道はこの下を潜る。これが「弁慶のにない堂」である。この二つのお堂は常行堂と法華堂というのが正式な名前。
これもけっこう絵になる建物である。
こんな観光をしていると、時間がどんどん過ぎてしまう。
さらに行くと、浄土院に着く。これは伝教大師最澄の御廟なのだ。
浄土院前の杉木立の石段を登る。道は比叡山ドライブウェイを歩道橋で渡って、さらに進むと異様にけばけばしい建物がある。
朱がまぶしい。これは昭和44年に、法然の 年を記念して建てられた法華総持院。
この前の石段を下ると落ち着いた感じの建物があって、これが戒壇院。重要文化財である。
ここからはすぐに大講堂があって、そこに鐘楼がある。「開運平和の鐘」というのだそうで、観光客が鐘をついている。さっきから鐘の音がうるさいと思っていたら、これだった。
ここから根本中堂は近かった。石段を下る。
比叡山を代表する堂塔が見えてくる。
せっかくなので根本中堂を拝観することにした。
本堂は暗く、そこには「伝教」と書かれた額が掛けられていた。
比叡山を開山した最澄は「伝教大師」といわれる。その「伝教」の額。なぜかけっこう感激してしまった。
この本堂には灯りがともっていて、これは1200年間来絶えることなく燃えつづけている「不滅の法灯」なのだ。これってすごいと思う。
比叡山には何回も来ているのだが、根本中堂のこうした記憶はない。
なんかひどく感じ入ることが多くて、ゆっくりしてしまった。
でも、時間がない。
もう3時になってしまった。
今日はこれから、琵琶湖まで下らなければいけないのだ。
根本中堂からまずロープウェイ駅を目指す。
ここでも少し道に迷ってしまった。自然歩道の指導標が見つからないのだ。
ロープウェイ駅は昔風の建物である。昭和初期の建造のようだ。
ここから弁才天神社をめざす。
赤い鳥居が続いていて、下って行く側に「弁財天」額がかかっている。普通は登る方に額が掛かっているものなのだが。
弁財天は真っ赤に塗られているのかと思ったら逆に落ち着いた感じの社殿であった。
ここからさらに進むと無動寺明王堂。ここもけっこう有名な寺なのだ。ここの建物も重要文化財である。
ここからは、一気に急な道を下る。
比叡山には荒行として千日廻峰行というのがある。修行として、千日間毎日比叡の峰峰を巡るのである。その中心がこのあたりなのだ。
ともかくひたすら下る。
夢見ヶ丘を過ぎると、さらに急な下りがあって、階段の歩きにくい道を行く。
谷底に下り着くと、そこに指導標があって、今浜に行く道がある。自然歩道はこの道を行かずにさらに稜線の道を行く。
ここで頭にきてしまったのは、今までさんざん急な道を下ってきたのに、それと同じくらい登り返さなければいけなかったことだ。もう少し楽なコース設定はできないのかと恨みがましく思ってしまった。
疲れてしまう。
だんだん時間もたってきて、4時を過ぎている。
ようやくピークに着いて驚いた。
通行止めの標識が立っているではないか。なんでも、7月の上旬まで土砂崩れの改修工事をするため、東海自然歩道は一部区間が通行止めなのだそうだ。
ここまで来て引き返すこともできない。というのはもう4時半を過ぎていて、そんな迂回路を行ったりしていたら日が暮れてしまう。
覚悟を決めて進むことにした。
どんどん下って行く。林道に出た。
ほっとした。山の急斜面が崩れているのなら通行が本当に難しくなってしまうのだが、林道だったらなんとか通れるだろう。
そのとおりで、シャベルカーが道をひっくり返していたが、無事通過。
車道を行く。
途中で案内板があって、ここに旧崇福寺の跡があるのだそうだ。
案内を読むと、この寺院は天智天皇のころに建立されているのだ。
時間がないのだが、こうした史跡にはどうしても立ち寄りたくなってしまう。
自然歩道を離れて、10分ほど坂道を登った。公園のようになっていて、真ん中が小高くなったところに石碑が建っていた。
その石碑の前には礎石が並んでいる。これが天智天皇によって建てられた寺の跡かと思うと、けっこう感動してしまう。
さらに東海自然歩道を進むと、道端に東屋のような建物がある。それが近江大仏であった。
石仏で、大仏というわりには、そんなに大きいものではない。顔があどけなさをもった大仏であった。
今度は百穴古墳の案内がある。これにも立ち寄る。もう日も暮れかっていて、林の中に入ると暗い。
うっそうとした林の中に石が積まれて小高くなったところがある。これが古墳なのだ。これはけっこうすごい。
写真を撮ろうとしたが光の量が少なくて、いい写真は撮れなかった。
この百穴古墳を過ぎて歩いて行くと、町の中に入ってくる。このあたりは歴史保護区域になていて、親切な案内板が多く見られる。
この中を自然歩道は行く。もう6時になってしまった。
ガイドブックの終点は近江神宮前なのだが、南滋賀であきらめることにした。
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鞍馬駅

薬王坂

二尊板碑

江文峠の金毘羅神社の鳥居

金毘羅神社

金毘羅山山頂

稜線から大原の里

寂光院参道

大原の里を行く

三千院の門

比叡山への登り

横川中堂

元三大師堂の大津絵

玉体杉

釈迦堂

にない堂

浄土院

法華総持院

戒壇院

大講堂

根本中堂

ロープウェイ駅

無動寺

弁財天神社

琵琶湖が見える

崇福寺跡

滋賀の大仏

百穴古墳群
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