BACK 長良川から日の出不動へ
3月10日
今日は雨である。雨の中のテントの撤収はけっこう面倒なのだ。まずシュラフをたたんでエア枕と一緒にザックの一番下に入れる。その上にポリタン・飯ごう・エアマット・コッフェルをつめて、その隙間に衣料などを詰める。こうしてテントの中のものをすべてザックに詰め終わってからテントを出て、最後にテントをたたむのだ。テントはザックの一番上に収納する。こうしておくと、雨の中でも荷物を濡らすことなくの次のテント設営が可能なのだ。テントのポールと銀シートをザックの両脇にくくりつける。これで撤収はおしまいである。
私は雨であっても雨具上下を着込むことは少ない。本当に高い山の上で風が強かったら別だが、ほとんどの場合は傘ですます。雨が強かったら雨具のズボンだけ履く。私の持っている雨具はゴアテックスだが、それでも汗で蒸れてしまう。雨よりも内側から濡れることが多いので、できるだけ雨具は着ることは避けているのだ。
今日は傘だけで出発した。7時50分であった。
まっすぐに南に下って行く。鵜沼の町の中を歩いてゆくのだが、T字路に出た。このあたりは昔の宿場町を思わせるたたずまいである。ガイドブックをみたら、これが国道21号線で旧中仙道なのだ。そして、まさしく中山道の鵜沼宿なのだ。
納得しながら、さて先に進もうと思ったが、ここに指導標がない。どっちに行ったらいいのか迷ってしまった。でも地図をよくみると、自然歩道は小川に沿って続いていることになっている。左に橋が見えたので、そちらに行ってみると指導標を見つけることができた。
あとはこの小川に沿って歩いてゆくだけである。
この小川は木曽川に流れ込むのだ。傘をさして土手をのんびり歩いて行くと、民家の屋根の上に小高い丘が見えてその上には犬山城の天守閣がたっている。
もうすぐ犬山城だ。
私の持っている東海自然歩道のガイドブックは全4巻で構成されていて、第1巻が箕面から瀬田唐橋まで、第2巻はこの犬山までなのだ。全行程の半分を終わろうとしているのだ。けっこう感動してしまう。
細い道を行くのだが、けっこう車が多い。ちょうど通勤時間で、私の歩いている道は抜け道として使われているようだ。
ようやく木曽川に出る。対岸に犬山城が聳えている。今私がいるのは各務原市なのだが、木曽川を渡ると犬山市である。岐阜県から愛知県に渡ることになる。愛知県まできたのかという感動が湧いてくる。
木曽川に沿って右に進んで、ライン大橋を渡る。ところが、この大橋の歩道部分は工事中で、歩行者は車道を歩かなければいけないのだ。橋の上は道幅が狭くて、私のような歩行者がいると大型の車だとすれ違うのは大変だ。しかも、このライン大橋はものすごく長くて、500mもあるのだ。車に気をつけながら早足で歩く。歩道部分が工事中でなかったら、のんびり犬山城と木曽川を眺めながら歩くことができるのに。
日本ラインの終着点はこの犬山城のあたりである。
昔、会社の親睦会旅行でこの日本ラインを下ったことを思い出してしまった。
日本ラインというのは大正初めに地理学者の志賀重昂が名づけたもので、なんでも急流の両岸の様子がドイツのライン川に似ているのだそうだ。
橋の上では川を眺める余裕はなくて、渡りきってようやく気持ちにゆとりが持てた。
さて、まず犬山城に行ってみようと思う。
日本で国宝に指定されている天守閣は姫路城・彦根城・松本城、そしてこの犬山城の4つなのだ。他の国宝の天守に比較するとこの犬山城はこじんまりとしているのだが、現存する天守閣では最古のものなのだ。
ライン大橋を渡って川沿いに歩くと、坂道になる。赤い欄干のある橋をくぐってから、その上に出る。神社があるのだが、その手前にベンチが置かれていた。少し休憩したいのだが、雨が強くなって、休むこともできない。
天守に続く石段を登ってゆく。拝観の受付があるのだが、開館は9時からなのに、今はまだ8時半である。雨の中、待つのが嫌になって犬山城の見学は止めにした。去年、来たばかりなのだ。
引き返して、神社の境内に下りて行く。
自然歩道は犬山城下の街の中を行く。堀に沿って続く遊歩道を歩いて木曽川の土手に出た。
それからは木曽川に沿って歩いてゆくだけである。この土手につけられた歩道はきれいに整備されていて、雨なのに多くの市民が散歩をしていた。
土手の道に沿って旅館・ホテルが建っているのだが、犬山温泉という看板が眼につく。風呂だけいれてくれるところはないのだろうかと思って歩いていたが、どこに入ろうかと迷っているうちに温泉街は終わってしまった。
犬山橋に着く。ここで名鉄の踏切を渡って、名鉄犬山遊園地前に出る。ここからは山に向かって緩やかに登ってゆくのだ。駅の前には、東海自然歩道入口まで400mという案内があった。「自然歩道の入口」というのは変な表現だと思ったが、あとでわかったのだが、本当の自然歩道は木曽川の岸辺をそのまま歩いて行って、ユースホステルの入口で山側に入るのだ。私は遠回りしたことになる。
小さな峠を越えて、少し下ると自然歩道の指導標があった。
そのさきには犬山のモンキーパーク遊園地があって、この施設の間を抜けて行く。広い車道に出たところで左折して、木曽川に向かって下って行く。木曽川の手前には小さな公園があって、そこには「プロムナード」という遊歩道が作られていて、その道を通って目標のユースホステルに行くことができる。
ユースホステルというのは、今は本当に少なくなってしまったのだが、私が二十歳のころ、国鉄の均一周遊券で旅行をしていたとき、宿として愛用させてもらっていた。もちろん宿泊料が安いからだったのだが、そこでは私のようにザックをかついで気ままな旅をしている仲間と会うことができて、いろんな情報交換もできたのだ。なにかしらひどくなつかしい。
犬山のユースホステルは「国際」YHなのだ。すごく立派な施設で、ここに泊まりたくなった。
車道に戻って山の中の道を行くと、寂光院の入口に着く。石柱の門があって、ここから石段を登って寂光院を目指すのだ。
寂光院といったら、京都の寂光院を思うのだが、ここの寂光院も古刹である。真言宗智山派の寺で千手観音の霊場になっているのだ。本堂はすごい山の上にあって、長い石段を登らなければいけない。
石段を登って広い駐車場に着くと、そこに建っているのは社務所である。休憩所があったので、この中で休ませてもらった。雨だと休憩するところに苦労するのだ。
ここからさらに急な石段を登って、本堂をめざす。
ようやく本堂に着く。風格のある寺である。でも、人が誰もいなかった。こんな雨の中、高い山の上まで登ってくる物好きはいないようである。境内の一角に展望台のように張り出してるところがあって、そこには弘法大師の像がたっている。そこからは木曽川を眺めることができるのだ。
本堂の屋根の下で少し休憩しながら考えた。私には時間がいっぱいあるのだから、なにもあせって先を急ぐ必要はない。雨の日は展望もよくないし、歩いていてもつまらない。携帯で天気予報を確認すると、明日は晴れるようだ。この先の継鹿尾山には東屋があるので、そこでテントを張って、明日歩いたほうがいいのではないか。
そんなことを考えて、今日は休養日にしてしまうことにした。
継鹿尾山に向かった。ところがこの本堂のある境内は広くて、自然歩道の継鹿尾山に向かう道がわからない。地図と磁石で方向を確認しなければいけなかった。本堂の一段上に縁結びの神様の祠があって、そこに自然歩道の指導標があった。
急な登りが続く。
傘をさして登ってゆくのだが、登山道の所々に石仏がたっている。
なんどかアップダウンを繰り返して登ってゆくと、行く手に東屋らしいものが見えてきた。そこが継鹿尾山の山頂である。
山頂に着いたのは12時前であった。下の社務所で水をいっぱい汲んできたので、キャンプはできる。
東屋は新しくて、展望台にもなっている。木曽川が悠々と流れているのが眺められ、犬山城も見えるのだ。
ここにテントを張った。
テントの中では読書をしたり、食事をつくったりしてのんびりしていたら、いつのまにか夜になった。結局、雨がやむことはなかった。
NEXT 継鹿尾山からみたけの森へ
NEXT 継鹿尾山から入鹿池へ
BACK 東海自然歩道 愛知の道
|
|

鵜沼宿

土手の道を行く

名鉄の踏切を渡る

民家の上に犬山城が見えてきた

ライン大橋から木曽川の流れ

犬山城の入口の神社

犬山城の堀に沿って行く

木曽川の土手を行く

犬山遊園地駅

国際ユースホステル

寂光院の入口

寂光院社務所に着く

急な石段を登る

寂光院本堂

弘法大師像がたっていた

継鹿尾山山頂三角点
|