東海自然歩道 岐阜の道.


いこいの森→熊谷直実の墓→横蔵寺旧蹟→妙法ヶ岳→華厳寺奥の院→神原→川内

いこいの森から妙法ヶ岳をめざして山道を行くと、やっぱり雪道になった。でもこの山を越えたら雪がほとんどなくなって、ようやく雪道から開放された。

妙法ヶ岳


BACK 日坂から横蔵寺

37

いこいの森を出発したのは
7時半であった。東屋から芝生の斜面を登って遊歩道に出る。この道が東海自然歩道だと思ったのだが、そうではなかった。歩いていったら道は下りになって、公園にもどってしまったのだ。もう一度引き返すと、自然歩道の標識を見つけることができた。樹林の中をどんどん登ってゆく。少し広い道を横切ると、これが馬場跡なのだ。ここは横蔵寺の寺域なのだが、昔は寺がこの山の上にあって、僧兵は山を一周するこの道を馬場として使っていたのだそうだ。
少し雪が眼につくようになる。門跡についた。礎石が残っている。こんな山奥にどうして寺を建てる気になったのか不思議である。
さらに樹林の中を登ってゆくと、ようやく熊谷直実の墓の前に着いた。古い石塔がいくつも並んでいて、その真ん中に新しい塔がたてられていた。
ここからは雪が道をおおっていて、足がもぐりこむ歩きにくい道が続く。
緩やかに下って杉木立に囲まれた雪野原に出ると、ここが本堂跡であった。「横蔵寺旧蹟」という石碑が立っていた。
このあたりは完全に雪野原でまったく道がわからない。少し迷ってしまった。でも踏み跡があるのをみつけたので、これに従って歩いてゆく。稜線に出ると、さすがに雪はなくなって、そこには古い自然歩道の指導標がたっていた。道が確認できた。
ここからは明るい稜線の道を行く。一旦下って林道に出るが、すぐに林道から分かれて尾根の道を登る。稜線をたどる道で、行く手には送電線の鉄塔が立つ頂きが見える。これが妙法師ヶ岳である。標高667mで、この山を越えたら、その先は雪に悩まされるような標高の高い山はないはずである。
でも、この最後の山の雪の状況が心配である。
アップダウンを繰り返して稜線の道を行くが、意外と雪は少ない。この調子なら雪に悩まされることはなさそうである。
632m峰に登りつくと、ここから道は左にカーブする。行く手には妙法師ヶ岳が迫ってくる。登山道が稜線からはずれて、コブの斜面をトラバースする。そこは完全に雪に覆われていた。おまけに、その雪道には樹木が、雪の重さで覆いかぶさっている。ものすごく歩きにくい。
進むにつれて雪が目立つようになって、広い稜線の雪原で3人の登山者とすれちがった。
そのうち2人はズック靴であった。こんな装備で私が越えてきた雪道を行くつもりなんだろうかと、心配してしまった。
妙法師ヶ岳に向かって急登するあたりからは雪がなくなった。送電線をくぐるまでの急な登りはきつかった。でも祖電線鉄塔から山頂は間近である。
妙法ヶ岳山頂は樹林に囲まれていて展望はきかない。山頂には私一人、雪はなくて三角点がたっていた。
ここから一気に下ってゆく。こちら側は雪がすくなくて、快適な下りであった。ジグザグに樹林の中をどんどん下って行くと、下に御堂が見えてきた。
お堂の奥には洞窟があって、その中で水が滴り落ちている。不動明王の古い石仏も洞窟の中に祀られていた。
このあたりでは、完全に雪はなくなって、暖かな日差しに中、樹林の中を下って行く。杉に奥の院についた。立派な御堂である。この奥の院はこの先にある谷汲山華厳寺の奥の院なのだ。
ここを過ぎて、さらに下って行くと、華厳寺への分岐がある。華厳寺は西国三十三箇所の最後の札所で、是非寄ってみたかったのだが、この分岐から1kmの道を下らなければいけないのだ。その往復の時間を考えると面倒になってしまったのだ。分岐からそのまま進むと、再び華厳寺への分岐があった。ひたすら、先をめざす。また登りの道になった。
淀坂峠を越えなければいけないのだ。でも、雪がまったくないので気分は楽である。峠の手前には休憩所があった。ここで一休み、視界はきかない。
峠にはそうした指導標はなくて、ともかくそこから下りの道になるのだ。どんどん下って行くと、ようやく人家が見えてくる。大きな川にぶつかるが、自然歩道はその手前で、右の細い山道に入る。大きな川は根尾川で、その川に沿って広い車道が通っているのだが、自然歩道はその車道は通らなくて、山に沿った細い道を行くのだ。川から少し高いところを行く。尾根川の景色は明るくて、なにかしら広々した感じである。でも、自然歩道は荒れていて、樹木が覆いかぶさっている。これを掻き分けながら歩いてゆくのだ。
下りになると集落の中に入って、この中を歩いてゆくと車道と合流する。尾根川を渡ると神原の集落である。鉄道の踏切を渡って集落に入る。この間が長く感じた。神原の集落にお店があるのかと期待したが、店はなくてお酒を仕入れることはできなかった。
今夜は酒なしだ。
自然歩道は神原の集落から明谷に沿って東に向かって、川内の集落を目指すのだが、車道に出たのに、指導標がない。そのまま車道に沿って歩いていったが、どうにもおかしいので引き返した。かなり戻ることになった。
さて、ようやく明谷の道に入る。この道を少し行くと、右には新井水湖があって、そこにはキャンプ場があるはずなのだ。ところが、私の持っているガイドブックは30年も前のものなので、そのキャンプ場は跡形もなく消えていた。新井水湖も人口の堰止め湖なのだが、ゴミが散らばったりして、とてもキャン場の面影はなかった。
困った。今日はどこに泊まったらいいなだろう。
ともかく先に進むことにする。
谷に沿って、蛇行を繰り返す道を行く。時間も4時を過ぎて、疲れもたまってきている。
ようやく谷あいから抜けて、平野に出る。川内の集落である。広い車道に交わると、そこに東屋のある小さな公園があった。ここに泊まろうかとも思ったが、回りを見回すと、遠くに公園が見えて、そこにも東屋が見える。底を目指すことにした。川内の集落を通っていったが、この街にもお店はなかった。
公園に着いて、そこの東屋にテントを張った。もう5時半になっていた。


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いこいの森


東屋があった


横蔵寺旧蹟


いったん林道に出る


雪の縦走路


妙法ヶ岳山頂


不動明王の石窟


奥の院


淀坂峠


華厳寺との分岐


県道を川内に向かう


川内の公園にテントを張った





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