2008年晩秋山陰登山
うつぶきやま

標高 204m
倉吉博物館→6分→鎮霊神社→12分→展望台→8分→越中丸→5分→長谷寺→8分→備中丸→7分→打吹山山頂→15分→鎮霊神社→5分→倉吉博物館

打吹山は倉吉市のすぐそばにそびえていて、この山には室町時代に山名氏によって城が築かれていたのである。この山のすばらしさは全山をおおう樹林なのだろうと思う。スダジイの林は特に圧巻であった。
倉吉市街から打吹山

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20081110

昨日は打吹公園の駐車場に車を停めて寝たのだが、朝、8時くらいになると、どんどん車がやってくる。いったい何だと思ったら、倉吉市役所の職員の駐車場になっているのだ。
なんかタラタラしていたら、出発は815分になってしまった。
倉吉博物館を回り込んで遊歩道を行くと、すぐに広場に出た。椿ノ平で、ここから山頂に向かう遊歩道が始まるのだ。
短い石段を上って、指導標に従って右折する。鬱蒼とした林の中を行くと、神社の境内に出た。鎮霊神社というのだ。私は本殿の後ろから境内に入ったのだが、参道を行くとすぐに左に遊歩道が分かれる。
平坦な遊歩道を行くと句碑がたっていて、そこに指導標がある。長谷寺まで0.7kmと書かれていた。
鬱蒼とした巨木の林を歩いて行く。この巨木のほとんどはスダジイである。木の名前が書かれたプレートには食料と注記してある。秋には椎の実が生るのだという。
スダジイの巨木の間に、まっすぐに伸びるこれまた巨木がたっている。これは樅ノ木であった。この打吹公園の森林はすばらしいと思って歩いていたのだが、そのはずで森林浴百選に選ばれているのだ。

森から抜け出して明るくなると、東屋のような展望台があった。ここに上がってみたが、木々がジャマをして景色はよくなかった。
ここから少し行くと長谷寺の分岐に着く。せっかくなので、このお寺に寄って行くことにしてこの道に入ったら、すぐに越中丸という案内板があった。これは安土桃山時代に打吹城の出丸として築かれたものである。長谷寺に行く前にこの越中丸に寄ってみることにした。
丘に向かって緩やかに上って行くと、道には石仏がずらりと並んでいる。八十八カ所という四国遍路の寺院を模したものである。丘のピークには弘法大師と仏像の二体が並んだ石仏が並んでた。

越中丸から遊歩道に戻って長谷寺に向かう。
鬱蒼とした林の中に続く参道には石仏が並んでいる。この石仏は西国三十三カ所の観音像であった。
お寺の前の広場に着くと左に仁王門があって、これをくぐると正面に本堂がある。この長谷寺は珍しい絵馬があることで有名なのだが、これは収蔵庫に収まっているので見ることはできない。本堂に入ると、右は高い舞台造りになっていた。清水寺の舞台を小さくしたようなものである。下にまわって見上げたが、舞台を支える柱は細いもので、何かしら迫力がなかった。
参道を戻って、山頂を目指す。分岐から少し行くと、右にお城の天主のような展望台があった。ひどく安っぽい感じで、私はこんな展望台はきらいなのだ。
再び薄暗い樹林の中を歩いて行くと指導標がたっていて、その隣りに打吹山の樹木についての説明板があった。それによると、5月中旬には全山がスダジイの花で染まるのだという。スダジイの花ってどんなものか知らないのだが、見てみたいものである。
少し行くと備前丸という広場に着く。打吹城は室町時代に山名氏によって築城されたのだが、備前丸は山頂の本丸を守るために南条備中守が住んだところだという。
ここから5分ほど登ると山頂である。樹林の広場で、その一郭が少し高くなっていて、打吹城跡という石碑があった。ここが山頂ということになる。展望もあまりよくないので、記念写真を撮ってすぐに下った。
博物館に向かう下山路に入る。すぐに分岐があって、右に行くと1kmで陸上競技場となっている。この道を下ったが、磁石で方向を確認したら南に向かっている。これは間違えたのかと思って、分岐に引き返してまっすぐに下った。すごく急な下りで、いかにも登山をしているという感じになった。でも、途中にあるはずの武者溜りに着かない。すごく急な下りが続いて、走るように下って行くと、鎮霊神社に着いてしまった。やっぱり陸上競技場に向かう道が正しかったのだ。
博物館の裏道を通って、車に戻ったのは9時半であった。


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広い駐車場、でも倉吉市職員が停めている


梅の平、ここかがスタート点


鎮霊神社


越中丸への道


長谷寺に着く


お城のような展望台


備前丸


打吹山山頂





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