BACK 船通山
2009年11月5日
次は鎌倉山に登る。国道から登山口への入口には「鎌倉山グリーンライン入口」というりっぱな案内板がたっていた。
だが、このグリーンラインという林道は長かった。途中、行く手に大きな山が見えて、地図で確認したらこれが鎌倉山であった。わずか1時間半で帰ってこれる山とは思えない。
登山口は「こもれび広場」にある。東屋とトイレがあって、駐車場も完備されているのだ。すごくりっぱに整備されているのだが、こんな山の中に来る人って、登山者くらいなものだろうが…と思うのだが。その登山者もすごく少ないのではと思うのだ。
こもれび広場のすぐ傍に、「鎌倉山散策路入口」というりっぱな標識がたっている。ここからコンクリートで固めた道を歩いて行くと、すぐに右に砂防ダムがあって、その先で地道になる。ところがこの道が草茫々で、とても散策路というシロモノではないのだ。
沢の流れに沿って行くと、きちんとした木橋がかかっていて、これを渡ると、杉林の中の登りになる。すぐに、山頂まで1.5kmという標識がたっていた。これは新しい標識である。
ここから少し行くと今度は標高400mの標識があった。(この先、距離の標識は500m毎、標高の標識は50m毎に設けられていた)登山道はきちんと整備されているようだ。
…と思ったら、道には笹が覆い被さるようになって、これを掻き分けて登って行かなければいけなかった。
植林の間をジグザグに登って、傾斜が緩まると自然林になった。アカマツが目立つようになって、さらに登って行くと再び笹藪が道を塞いでいる。その笹藪の中に隠れるように山頂まで1kmの標識があった。この少し先で尾根の上に出る。
この先も時々、笹藪が道を覆っていて、これを掻き分けて行くのだ。紅葉の林が現れて、標高550mを過ぎると行く手の林の間に鎌倉山が見えた。紅葉に覆われた山である。
登りがきつくなって、この急な斜面を登って行くと山頂まで500mの標識があった。もうすぐだと思った。
明るい林の中に丸太を渡した階段が設けられていて(基本的に散策路というだけあって階段を設けてあるのだが、笹藪に覆われていたりして、そんなに手入れされているとは思えないのだ。笹藪がないときには、散策路なんだと気がつくのだが…)、これを登って行くと標高600mの標識、そこから少し行くと平坦地になって、笹藪の中に説明板がたっているのが見えた。ここが鎌倉城跡であった。戸田安房守森重公城跡というコンクリート柱も立っていた。戸田氏が城を築いたのは元享3年(1323)というから、そのころの城はほとんど砦のようなものなのだ。りっぱな石垣を組み、天守閣を設けるという城郭建築は織田信長の安土城から始まるのだ。
この城跡も笹藪に覆われていて、城の面影はまったくない。
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