2009年晩秋山陰登山
はなたかせん

標高 536m
客垣谷登山口→20分→蔦岩→50分→矢尾峠→30分→鼻高山山頂→40分→来坂神社→20分→客垣谷登山口

この山は島根半島の最高峰で、山頂にあるのは一等三角点なのだ。山頂からは真っ青な日本海や揖斐川の流れ、幾重にも連なる北山の山並み等々、絶景を展望できるのだ。
鼻高山山頂

 登山口から矢尾峠へ
ブロック塀に指導標があった


大きな砂防ダムがあった


丈の高い笹藪を行く


鹿よけの柵があった


大岩の標識があった


矢尾峠から鼻高山への道

BACK 朝日山

2009年10月31日

朝日山に登った後、車を走らせて鼻高山の登山口に着いたのは1020分であった。国道から少し北に入ったところに車を停めた。ここは客垣谷という集落である。
道をまっすぐに歩いて行ったら、住民の方に、この道では山に登れないと声をかけられた。道が崩壊してるのかと思ったら、道を間違えていたのだ。ひとつ右の道を行くのだ。ちゃんと標識もあった。見逃すなんてうかつである。

民家の間の細い道を山に向かって上って行くと、すぐに樹林に入って山道になった。矢尾峠・鰐淵寺という指導標がある。でも、鼻高山とは書いていない。ガイドブックでは、矢尾峠を経由して鼻高山に登ると書いてあるので、この道で間違いないのだ。
砂防ダムのすぐ下で沢を渡って、その先で左折して急登する。再び大きな砂防ダムの堰堤が見えてきた。これを左から捲いて、砂防ダムの流れを木橋で渡る。
その先は背丈以上のすごい笹藪の間を登って行く。この笹藪を過ぎると大きな岩があった。蔦岩という標識がある。ここには天平古道という標識もあって、昔、美保関と日御碕を結ぶ街道があったのだという。明治元年に廃止されてしまったのを、最近、地元の有志がその一部を復元して「天平古道」と名付けたのだ。
ここから天平古道を行く。小さな沢を木橋で渡った先に分岐があった。危うく、天平古道をそのまま行ってしまうところであったが、矢尾峠にはここから右に登って行くのだ。すぐに網を張った柵が道をふさいだ。鹿除けにつくらたもので、扉を開けて中に入る。杉の植林を抜けて、自然林の中を緩やかに登って行くと、白くザレた急登になった。この登りからは出雲の平野を眺めることができる。
これを過ぎたところに獅子岩があった。そんなに大きなものではなくて、どう眺めても獅子の形はしていなかった。
この5分ほど先には夫婦岩があったが、藪に隠れていて、どんな岩なのかよくわからなかった。
さらに急な道を登って休岩を過ぎる。樹林から抜け出して、山の右斜面を登って行く。しだいに松が多くなって、松林の中に入って
10分ほどで「ぼたもち岩」があった。たしかにぼたもちのような大きな岩である。
樹林の中の平坦地を行くと「大岩」という標識が右をさしている。でもその方向には樹林が茂っていて、大岩らしきものを見ることはできなかった。
この大岩の標識のすぐ先に「矢尾峠経由鰐淵寺50分」という指導標があった。まだそんなにかかるのかと思ったのだが、5分ほど緩やかに登って行くと、行く手に青空の見える山際が見えてきて、そこが矢尾峠であった。直進して峠を越えると鰐淵寺で、左右の尾根は縦走路となっている。左に行くと弥山で右が鼻高山である。ガイドブックではここから30分で山頂に着けるのだ。



 山頂から神門谷経由で下山
西峠


鼻高山山頂


月廻り峠


鹿よけの柵が続く


来坂神社の鳥居


私の車が見えてきた

松林の尾根を登って行く。急登から傾斜が緩まると、あとは緩やかなアップダウンになった。尾根の左に鼻高山が見えた。
ピークを越したところで、道は左に曲がって行って、正面に鼻高山が聳えるようになった。けっこう急な下りになって鞍部に着くと、そこには西峠という標識があった。右に下ると一口水となっている。

峠からは急登である。木の根につかまったり、幹につかまったりして登って行く。ようやく傾斜が緩まると、三方界という標識があった。ここから山頂まではすぐだとガイドブックに書いてあるのだが、けっこう遠かった。樹林から抜け出すと、そこが山頂であった。
360度の展望が広がっている。すぐ下には斐伊川が悠々と流れている。海も見えて、そこに突き出す岬に風力発電の風車がいくつも並んでいる。北山の縦走路も一望できる。すばらしい眺めに大満足。
休んでいたら登山者が一人、私とは反対方向から登ってきた。北山の縦走をしているのだという。
山頂からは走るように下って三方界に戻る。ここからは神門谷への道を下るのだ。樹林の中をジグザグに急降下してゆく。道にはロープも張ってあった。
三方界から5分ほどで月廻り峠に着いた。ここから左に下って行く。どんどん下って行くと上宮寺跡の標識があって、そこから少し行くと網の柵が現れた。この柵に沿って下って行き、鹿よけの扉を三度くぐる。中寺跡を過ぎると、登山道は階段の道になった。ずいぶん古い階段で、横に渡している丸太は朽ちて削れていた。これをどんどん下って行くと、竹藪の中に入る。竹藪の中には廃屋があった。
そのすぐ先に分岐があって、直進すると天平古道・天王山で、右が天王キャンプ場になっている。悩んだが右の道を行くことにした。(正解であった)
鬱蒼とした林の中で沢を渡ると、すぐに林から抜け出してススキの原に出た。このすぐ先が舗装された林道で、この林道を少し行くと、右に石の大きな鳥居がたっている。来坂神社である。せっっかくなので寄ってみた。参道にはすごいスダジイの古木があった。これを見れただけで神社に寄ったかいはあったというものである。
舗装道をどんどん下って、国道に出る。そこには天平古道のイラスト案内図がたっていた。国道を歩いて行くと、今歩いてきた山並みがきれいに見える。でも、どれが鼻高山なのかはわからなかった。車の前に戻ったのは1335分である。

時間は十分あるので、今日はこれから出雲の史跡を巡ろうと思う。まず、出雲の阿国の墓に行こうとしたら、島根県立歴史博物館があった。これに入ってしまったのが運の尽きで、結局、閉館時間の18時までいてしまった。外に出たら真っ暗で、もうなにもできない。

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