日本アルプス全山縦走 
大沢岳 7818m
中盛丸山 2806m
小兎岳 2738m
兎岳 2799m
聖岳 3011m
奥聖岳 2978m
百間平→大沢岳→大沢渡分岐→中盛丸山→小兎岳→兎岳→聖岳→奥聖岳→聖岳→小聖岳→薊畑→聖平

朝は厚い雲がかかっていてどうなるのかと思ったら、次第に晴れてきて、聖岳山頂に着くころには快晴になった。今日のハイライトは兎岳から聖岳の間にある急降下と急登である。これはすさまじかった。
薊畑からの聖岳


1983年の登山記録
BACK 高山裏から百間洞へ

2007年813日(月)

今日は聖岳を越えて聖平まで行くつもりだが、歩行時間は7時間弱なのでゆっくりの出発でいい。
明け方、テントに雨が当たる音がする。今日は縦走を始めて6日目だ。今までずうっと天気が良かったんだから、天気が崩れても仕方がないかもしれない。
となりの学生は3時頃からバタバタしはじめたが、私はシュラフの中でウツラウツラしていた。明るくなって起き出したのだが、まだ5時であった。外に出ると雨は止んでいるものの、灰色の雲がどんどん風に流されていた。それでも、激しく流れる雲の切れ間に青空が見えたりする。
まわりのテントはすっかりなくなっていて、私が一番遅い出発だった。
風が強い。テントのフライシートはグッショリと濡れていて、その濡れたテントを強い風の中で撤収する。強風の中でテントをたたむのにはものすごく苦労するのだ。
出発は615分になった。私が張ったテント場は大沢岳の登り口にあたっていて、小さな沢を渡るとすぐに樹林の中の急登になった。
樹林から抜け出るとハイマツの急斜面が広がっていて、緑の絨毯の中に登山道が続いている。道は大きな岩に埋められていて、岩を乗り越えて行く登りはかなりきつい。小雨の混じた霧が流れて行く。雨具に着替えようかと思ったが、今日はこれから晴れて行くはずなので、そのまま登っていった。おかげでシャツがビッショリ濡れてしまった。
道を埋める岩が岩礫になって少し歩きやすくなったが急登は続く。35分ほど行くと、急な斜面を右にトラバースするようになった。行く手には霧に霞む大沢岳らしきピークが見える。ようやく稜線に着いたが、尾根に沿って登って行く道はなくて、左斜面をトラバースする道が続いている。道は大沢岳と思われるピークの向こうの鞍部に通じていて、山頂は捲いてしまうのだ。鞍部の先には鋭く聳える岩峰があって、道はそのままこの急な山に向かって続いている。不思議に思いながらも、水平なトラバース道を行き鞍部に着く。ここで引き返すようにして手前のピークに登るのかと思ったら、登山道らしきものはない。地図を出して確認すると、私が大沢岳と思っていたのは間違いで、行く手に険しく聳える岩峰がそうらしい。
霧が流れる中を急登する。この岩場の登りの途中で日が射して、反対側にブロッケンが見えた。虹の円の中に私の影が見えるのだ。
雲がどんどん流れて行き、あっという間に雲が晴れて、青空の下に中央アルプスが見えた。下界は快晴のようだ。

稜線に出ると少し傾斜は緩くなったが、岩峰の登りは続く。岩場を右に捲いたところで、ようやく山頂が見えてきた。大沢岳の頂稜部は細長くて、山頂に着いたのは720分であった。
私はこの山は中盛丸山ではないかと思っていたのだが、山頂標識にはちゃんと大沢岳と書かれていた。
山頂の西側は雲が激しく湧き上っていて中盛丸山は見えない。でも頭上には青空が見えている。聖岳に着く頃には晴れて欲しいと祈ってしまう。
大沢岳から下って行くと下の霧が晴れてきた。下は緑の平坦地になっていて、登山道が分岐しているのが見える。そして今まで見えなかった中盛丸山の切り立った峰が見えてきた。このまま天気が回復していって欲しいものだ。
岩礫のザラザラする道をジグザグに下る。鞍部に着くと、そこには大沢渡分岐という指導標がたっていた。このあたりは二重山稜の平坦地になっている。少し行くと百間洞からの道が合流して登山者が多くなった。百間洞に泊まった人の大半は大沢岳には登らずに、直接ここに上がってくるのだ。

中盛丸山への急な登りが始まる。砂礫の道をジグザグに急登する。霧の中、足元の岩礫を眺めながら登っていって、ふと振り返ると、いつのまにか大沢岳の雲はすっかり晴れて、朝日に緑が輝いていた。大沢岳はいかにもりっぱな山であった。
急な登りを終えてハイマツに囲まれた山頂に着く。ところがこのピークには山名の標識はなくて、白く朽ちた木の棒が立っているだけであった。ここまでの縦走路の山頂には必ず東海パルプがたてた立派な標識あったのに、それがないということは、中盛丸山の山頂ではないのだろうか。心配になってしまった。
ハイマツの中に続く岩礫の登山道をジグザグに下る。行く手の雲が晴れると、いくつもピークが重なって聳えてのが見え、そのどれもが比較的なだらかな山である。私の記憶では中盛丸山は鋭く切り立った山なので、さっきのピークが中盛丸山に間違いないようだ。

急降下してゆく。かなり長い下降である。鞍部はハイマツの緑の絨毯になっているのだが、複雑な起伏を見せている。これを目指してひたすら下ってゆくと、両親と子供二人のパーティがいて、以後、このパーティと前後しながら歩くことになった。
鞍部では涸れた沢を渡り、それから樹林の中の登りになる。
樹林から抜け出すとハイマツの中の急な登りである。この頃、雲が晴れて、北には大きく聳える赤石岳が見えるようになった。
ジグザグの急登が続く。休憩がてら振り返ると、東側もすっかり晴れて、真っ青な空のもとに中盛丸山が聳えていた。夏の日を浴びて山の緑が輝いている。今日も天気に恵まれたようだ。

傾斜が緩やかになると、ハイマツの緑におおわれたなだらかな山稜が見えてくる。
ハイマツの絨毯の中を緩やかに登ってピークに立つ。山頂といっても、そこには中盛丸山と同じような白く朽ちた木の棒が立っているだけであった。そこにいた登山者訊くと、ここは小兎岳なのだそうだ。
行く手の稜線を目でたどると、正面に兎岳が大きく聳え、その山頂から左には険しい岩稜が連なっているのが見えた。聖岳の上半分は雲の中なのだが、このギザギザの岩稜だけはよく見える。これをを歩くのかと思うとため息が出てしまった。
兎岳には薄く雲がかかっていたのだが、しだいに雲が晴れてきた。天気はまちがいなく回復に向かっている。
小兎岳から緩やかに下って行くと、兎岳までの登山道が一望できる。砂礫の広い稜線が続きうねるように続いていて、こういう眺めは大好きなのだ。
道が平坦になって、緩やかなアップダウンを繰り返して歩いて行くと、丘のようなピークが近づいてきた。
その鞍部には水場
5分の標識があったが、百間洞で満タンにしてきたので水汲みに下る必要はない。
兎岳に向かって登って行く。この登りの途中でさっきの家族
4人のパーティに追いつかれた。この中の最年少は11歳の女の子で、それが体に似合わぬ大きなザックを背負っている。私はこんな女の子にも追い抜かれるくらいのペースでしか登って行けないのだ。かなり情けない。
山肌は緑のハイマツに覆われていて、その中をジグザグに登る。そんなに急な登りではないのだが、山頂までは遠かった。振り返ると、小兎岳・中盛丸山、そしてその奥に大沢岳と、今朝歩いてきた山々が一望できる。うれしくなってしまう。
でも、行く手の兎岳の左には聖岳に続く鋸のような岩尾根がはっきりと見えて、いかにも険しそうだ。気が重くなる。

兎岳山頂に着いたのは920分であった。山頂からは赤石岳も中央アルプスも、今朝歩いてきた山々の全てが一望できる。これから登る聖岳山頂は雲に隠れているが、他はすっかり晴れてすばらしい眺めだ。
景色を十分楽しんでから山頂を下ると、すぐに平坦地がある。ここには元、兎岳避難小屋があったのだ。でも、指導標には「兎岳避難小屋」としっかりと書かれていた。昔、南アルプス縦走をしたとき、満員で泊まれなかったことを思い出した。指導標には聖平小屋まで4時間と書かれていた。
小屋跡からはすさまじい岩場の下りが続く。まっ逆さまといった感じの岩場を下って行く。下に見える尾根には鋭い岩峰がいくつも連なり、その先の聖岳の右側は大きく崩落したガレ場になっていて、登山道はガレに沿って登って行くのだった。見なければよかったと思うほどのすさまじい道である。
鞍部の岩峰は樹林の中を左から捲いてしまって、聖岳の登り口に着く。砂礫の鞍部でここで少し休憩して、これからの急登に備えて息を整える。5人ほど登山者が休憩していた。
鞍部からは岩場の急登である。両手フル稼動で、岩につかまった登って行く。右は聖の大崩落地と呼ばれる断崖である。岩場の登りからザレた急な道になって、これをジグザグに登る。山頂までは延々と急な登りが続くのだ。振り返ると兎岳からの岩場の下降路を眺めることができる。あの道を下ったのか…とため息が出てしまう。
ようやくハイマツや潅木の中の登りになると傾斜は緩やかになる。ほっとしたのも束の間、すぐにハイマツの急斜面の登りになる。見上げると首が痛くなるほどの急斜面だ。足元を見つめながら、ゆっくりと一歩一歩登ってゆく。この急斜面を登りきって、そこが山頂かと思ったら、その先には明瞭な尾根が続いていた。ハイマツの茂る稜線を行く。尾根の向こうに山頂と思われるピークが見えるのだが、まだまだ遠い。
この頃になると、聖岳にかかっていた雲はすっかり晴れて、頭上には真っ青な空が広がっている。夏の太陽がガンガン照りつける。山頂直下の登りが一番きつかった。
砂礫の急斜面を登って聖岳山頂に着く。時間は
1210分であった。
山頂には、昨日隣にテントを張った学生たちが休んでいた。彼らは暗いうちに出発したはずだが、ここで追いついてしまったのだ。
南側を眺めると、山頂に雲がかかったりっぱな山が聳えている。地図で確認すると上河内岳なのだ。昔、茶臼から縦走したときは、上河内岳の印象がほとんどない。こんな立派な山だったのかと改めて感心してしまった。
長めの休憩をとっていたが、この聖岳山頂からは東に伸びる尾根があって、その先には奥聖岳山頂があることに気がついた。せっかくなので往復することにした。分岐にザックを置いて空身で奥聖に向かう。
聖からは険しい岩稜を下る。痩せた岩場の尾根を過ぎると、尾根は広くなって、砂礫の道を緩やかに下って行く。ケルンがたつピークに着くと、その先は急下降になっていて、ここが奥聖岳の山頂であった。山名の標識はなかった。聖岳山頂にはたくさんの登山者がいたが、ここには私の他に老夫婦の三人だけであった。
聖に引き返して、再び重いザックを背負う。この後はもう登りはなくて、聖平に向かって下るだけだ。
ザラザラの急斜面をジグザグに下って行く。岩礫の広い急斜面で、その向こうには明瞭な尾根があって、尾根沿いに続く登山道が見える。でも、そこまではものすごく遠い。ガラガラの道をひたすら下る。振り返れば、白い岩礫の急斜面の上に真っ青な空が広がっていた。
広い斜面から尾根道に入る。その右には急峻な沢があって、少しだけ水が流れているのが見えた。下の方からは水が流れる音が聞こえてくる。登山道からこの荒れた沢へは足場が悪いものの、行けないことはない。ここが水場といっていい。
昔、この道を聖に登ったときは、聖平で水を補給できないまま登って、完全にバテてしまった。そのとき登山路の途中で水場を見つけて救われたのだが、それはここだったのではないかと思う。
アップダウンを繰り返して痩せた尾根を下って行くと、広い平坦地に着いた。そこには標識がたってるので何かと思ったら、小聖岳山頂なのだった。ここから見上げる聖岳はひたすら大きい。
小聖から右に下ると樹林の中に入って、どんどん下って行く。途中には時々アップダウンがあって、そのわずかな登りがものすごくつらい。でもダケカンバの林の中にはお花畑があって、きれいな花に元気づけられてしまう。
樹林が途切れたところから、遥か下に小屋が見えた。疲れ果てている自分んひはものすごく遠く見えた。

どんどん下って樹林から抜け出すと、一面のお花畑が広がっていた。花の咲く斜面の中を下って行くと指導標の立つ分岐に着いた。ここが「薊畑」であった。少し行くとお花畑があって、その一郭が保護柵で囲われている。昔、一帯に咲いていたニッコウキスゲがほとんど絶滅してしまったため、その植生回復の実験をしているのだそうだ。
このあたりから振り返る聖岳は、美しいお花畑と針葉樹林の上に大きく聳えていて、すばらしく絵になっている。

薊畑から急下降してゆくと、下には草原の広がりとそこに続く木道が見えた。
ようやく草原に下り着くと分岐があって、直進すると縦走路、左の木道を行くのが聖平小屋への道なのだ。木道を緩やかに下ると、林に入ってすぐに小屋の前に着いた。
小屋の前は広いテント場になっていて、ここでは場所を指定されることなく自由にテントを張っていいのだ。テントを張って落ち着いたら、すぐ近くに昨日の大学生がテントを張っていた。昨日は狭いところに張っていたのに、今日は広いところに張れている。その代表が声をかけてくれて、このテント場は快適だと喜んでいた。
テントを張り終えて落ち着いたのは15時半。水場はすぐ目の前にあって、本当に快適なテント場である。そしてトイレに行ったら、洋式でしかも水洗だった。
日当たりがいいのでシュラフを干しながら、のんびりしてしまった。


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大沢岳への登り口


ハイマツの中を登る。行く手の山は大沢岳でななかった


鞍部の向こうが大沢岳


大沢岳への登り


大沢岳山頂


大沢渡分岐


中盛丸山への道


中盛丸山山頂


中盛麻利山からの下り


兎岳山頂から中盛丸山


兎岳山頂


兎岳避難小屋跡


兎・聖の鞍部


聖岳山頂が近づく


聖岳山頂


奥聖岳への道


奥聖岳山頂


聖岳からの下降路


小聖岳に着く


お花畑を下る


薊畑分岐から聖岳


聖平、左折して小屋に向かう


小屋に向かって木道を下る


聖平小屋前のテント場





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