笊ガ岳

ざるがたけ

標高 2629m

笊ガ岳のすごさというのは標高差2000m以上の
凄まじい急登にある。
そして、すばらしいのは南アルプスの大パノラマを
展望できるということである。
笊ヶ岳


登山口駐車場


山道になってからすぐ廃屋がある


吊橋


山の神


布引山頂直下の布引崩れ


布引山山頂


布引山頂でテントを張った


朝焼けの富士山


笊ガ岳山頂


小笊ガ岳と富士山




甲府の風土記の丘公園

2000年10月8日

笊が岳のすごさというのは、その登る標高差にあると思う。

2000m以上登らなければいけないのだ。

登山口の田代の集落は、雨畑ダムのすぐ傍にある。

集落の中の細い道を車で登っていくと、すぐに駐車場があって、そこに山の概念図の看板が立っていた。

ゲート7:30─→8:10林道終点8:20─→廃屋─→9:30広河原9:52─→10:43山の神─→13:10桧横手山─→15:25布引山


ここに車を置いて歩き始める。すぐにゲートがあって、車は進入できないようになっていた。

林道を40分ほど歩くと、そこからは山道になる。

少し行ったら、石垣なんかがあって、すぐに廃屋が見えてきた。つい最近まで人が住んでいたような家であった。家の手前に茶畑もあった。

ここに住むというのは、車も入って来れないし、けっこう大変だったのではないかと思ってしまう。

山道は深い渓谷に沿った道で、100m以上はあろうかと思う、遥か下を水が流れている。

所々に鉄製の桟がかかっていて、制限重量150kgと書いてあった。

途中、吊り橋があった。これは正直怖かった。

ともかく、ひどく揺れる。

道と谷底との標高差がなくなると、そこが広河原で、対岸に渡らなければいけない。

岩をつたって、飛び越えた。けっこう緊張した。

渡ってから、軽く食事をして、いよいよ笊が岳の急な登山道に挑む。この広河原で標高はまだ870mほどである。今日テントを張る予定の布引山は2600mである。これから1700m以上登らなければいけないのだ。

急な斜面をジグザグをきって登っていく。

だが、今日は何かしら調子がよくて、そんなに疲れを感じない。テントとシュラフを背負っているからザックは重たいのだが快調

50分ほどで「山の神」に着いた。石の祠があった。

ここから傾斜は緩やかになるとガイドには書いてあったが、あまり変わらないような気がした。歩いていくと道にワイヤーロープが散乱するようになった。ガイドにはインクライン跡と書いてあった。昔はこんな山奥で伐採作業なんかしていたのだろうか。こんなのは奥秩父の白石山でも見られたなあ。

山ノ神から「桧横手山」には2時間30分の行程に」なっている。標高差で800mほど登らなければいけないのだ。桧横手山は林の中のピークである。山頂という雰囲気はまったくなくて、指導標だけがあった。ここには2人の登山者が休憩していた。もうここでテントを張るつもりだといっていた。明日の朝早く起きて、空身で笊が岳を往復するつもりだとか。

先行パーティが2組あるらしくて、彼らの話を聞くと布引山のテント場はかなり狭いらしい。

時間は1時半であった。4時には布引山に着くつもりで、がんばることにする。

ここからは少し下るが、途中に水場の指導標があった。

今回、水は1.5リットルのポリタンだけ。そのかわり2リットルの烏龍茶をもってきた。

水分補給はもっぱらこの烏龍茶でして、本当の水は野営時に使う予定である。

水場の指導標から水場まではどれくらい時間がかかるのかわからない。沢の底まで降りるのなら20分以上はかかりそうだ。

ここからはまた登りがすさまじく急になった。いよいよ布引山への登りである。まるで壁のように立ちふさがっている。この急登を1時間半ほど登るとガレ場に出た。

「布引崩」と呼ばれるところである。凄まじい崩壊地でその縁を登っていく。展望は開けているはずなのだが、霧で何も見えない。

布引崩を通過して林の中に入ると、傾斜は緩やかになって、そこからは布引山山頂はすぐであった。山頂の直前に分岐があって、これは畑薙ダムのほうへ下る道である。

山頂で記念写真を撮って、少し進むと道の両脇にテントを張るスペースがあって、もう3張りほど張られていた。

3時半であった。

10月8日


布引山6:10─→7:13笊ガ岳7:44─→8:45布引山9:32─→10:30桧横手山10:53─→11:44山の神10:50─→12:17広河原─→13:00林道終点─→13:22ゲート

朝、まだ暗い頃、起きて外に出ると、雲が晴れて南アルプスの山並みが黒い陰で見えた。

5時半頃、明るくなってきて、外を見ると意外と近くに富士山が見えた。それが朝焼けの赤い雲を背景に紫色のシルエットで聳えていた。すばらしくきれいであった。

この反対側では南アルプスが朝焼けで赤く染まっているのが見えた。

真正面に聳えているのが聖岳でその右が赤石岳、左が上河内岳である。さらに左には茶臼岳がちょこんとピークを見せていた。

モルゲンロートでオレンジ色に染まる南アルプスの大パノラマである。

感動していたら、出発が遅くなってしまった。

朝食は日清のカレーヌードルと昨日のアルファ米の湯漬け。

出発は6時を過ぎてしまった。テントはそのまま、荷物は極力軽くして出発した。

笊ガ岳は林がじゃまをして、なかなかうまく写真を撮ることができない。2つのピークが並んでいるのだが、右は小笊ガ岳である。

笊ガ岳山頂はすばらしい景観がまっていた。布引山では見えなかった、赤石岳以北の悪沢岳3山、それに続く塩見岳、間ノ岳。間ノ岳の向こうには鋭い三角峰の北岳も見えた。

ともかく、この山頂からは南アルプスの全山脈が見渡せるのだ。

やったぜ、という感じ。

笊ガ岳のすばらしさはこの南アルプス大パノラマ展望に尽きるのではないか。


布引山に帰ってきて、それからテントをたたんだ。だいたい荷物をザックに梱包してから、最後にコーヒーを飲んだ。これで水はなくなった。残ったのは烏龍茶が500mlだけ。

私と同じようにテントをたたんでいた単独行者がいて、そのひとが広河原で熊に遭ったという。

どうも、広河原の川筋には群れから離れた熊が住み着いているのはよく知られていることらしい。

怖くなってきた。

最後に富士山と南アルプスの景観をコーヒーを片手に楽しんで、9時半下山を始める。

登りでは壁のようだった急斜面を一気に下る。桧横手山には1時間ほどでおりてきた。ガイドでは2時間と書いてあったのだが。おなじく山の神にも1時間ほどで降りた。

広河原に着いたのは12時17分。このあたりから、少し声をあげながら歩いた。熊に遭ったらどうしようとドキドキした。

広河原には2人の登山者がいた。少し安心した。

ここで渡渉するのだが、これがけっこう大変で、岩の上に立って、しばらくためらってしまった。

なんといか、ジャンプして靴を濡らさずにすんだ。

なんか、下りは快調で登山口のゲート前に着いたのは13時22分。

布引山からゲートまでの標準歩行時間は6時間45分であるが、これを3時間50分で下った。

ガイドの時間が間違っていると思う。


3連休なので明日は大無限山に登ろうと計画していたが、天気が崩れそうなので、おとなしく帰ることにした。


余談

甲府南ICのすぐ前に風土記の丘公園がある。時間があったので立ち寄った。

博物館は休館中であったが、公園の中を歩くと、古墳が整備されていた。

5世紀ころの古墳群である。円墳や前方後円墳があった。

古墳のうち前方後円墳は大和朝廷の勢力拡大とあわせて、全国に広がっていく。5世紀、大和の勢力はこの甲府盆地まで及んでいたということである。

もっとも、関東だってこのころは多くの古墳が作られていたのだから。


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朝焼けの富士山
左 上河内岳 右 聖岳
左が聖岳、右赤石岳 







左が塩見岳、中は千丈岳、そして間ノ岳、その右の三角は北岳



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