2002/8/14

標高 1707m

毎日の雨で、ほとんど全身ずぶ濡れであった。しかし、山頂直前のすさまじい岩場の連続は4日間の縦走の最後を飾るにふさわしいものだった。
東赤石山


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814

8時に食事を終えて、ウィスキーも飲み干してしまい、それから寝てしまったのだが、2時に眼が覚めた。テントに雨の当たる音がする。
それから眠れなくて、いろいろ考えてしまう。
ともかくバスの時間は245分である。銅山越えから西赤石山まで2時間、そこから東赤石山までは2時間半。下りが1時間50分。5時にここを出発して、銅山越えにはなんとしても6時に着きたい。
3時に起床して食事の準備。テントは最後にパッキングすることにして、他のものはすべてザックに詰め終わって明るくなるのを待つ。4時半になっても暗い。雨も降っている。
445分になってかすかに明るくなってきた。450分、テントをたたむ。
雨の中の撤収で、テントはずぶ濡れである。でも、明日はテントを使う予定はないので、無理くりに詰め込んだ。
515分に出発。
予定より15分遅れてしまったので、6時半には銅山越えに着きたい。
テントを張ったところからは、いきなり急な登りが始まった。
6時少し前に三角点のあるピークに着いた。これが「西山」かと思ったが、どうも違う。行く手には雲の中にうっすらと高い山の影が見える。あれが西山だとすると、あと1時間はかかりそうだ。どうしようかと思ってしまう。
このピークから急な道を下った。すぐに分岐があった。西山に向かう道と銅山越えに向かう道に別れている。
ガイドブックの地図を見るとこのような道は書かれていない。何度もいってしまうのだが、この山渓のガイドブックの地図はひどい。ガイドで紹介しているルートしか書き込まれていないようだ。こんな分岐もきちんと登載してくれなければ地図とはいえないだろう。
今から西山に登っていたら銅山越えに着くのは7時をまわってしまうだろう。銅山越えに向かう道が、水平な巻き道だったらなんとか6時半に着けるかもしれない。
ともかく、指導標を信じるか、山渓のガイドを信じるかになってしまうのだが、指導標を信じることにした。
賭けである。
巻き道と思われる道を大急ぎで行く。走ったりした。
15分ほどで別子銅山から登って来る道と合流した。地図の地形で判断すると、今歩いている道は銅山越えに向かう道に間違いないようだ。これで安心した。
銅山越えに着いたのは625分。速かった。
ここで小雨になった。今日も降ったり止んだりの天気のようである。
銅山越えには石垣に囲まれた中に石仏が置かれていた。銅山越えというのは、昔、別子銅山の繁栄の面影を残した峠なのだ。銅山というのは過酷な労働条件にある。この中で死んでいった鉱夫たちも少なくはない。そうしたことが、この峠の石仏にこめられているのだろうと思ってしまうのだ。
ここで少し休憩して、西赤石山をめざす。
頂上に近づくにつれて、岩場が多くなってくる。直下でちょっとした岩場になったが、これは巻いて、ようやく頂上にたどり着いた。
西赤石山にはなんとか9時には着きたいと思っていたのだが、8時に着いてしまった。これで時間がうんと縮小できた。
東赤石山には12時に着けば、余裕でバスに間に合う。気が楽になった。
西赤石山から下る。
道がものすごく歩きやすい。両側の草木がきちんと刈り込まれていて、高い生け垣のようになっている。どんどん歩いていくと、1時間足らずで物住頭に着いてしまった。ここから東赤石山にはもうすぐである。もう、ラクショウだと思ったのだが、ここからが大変だった。
物住頭から15分ほどで石室越に着く。ここには指導標が立っていて、その指導標に従って登山道に入ると、道は突然、荒れた踏み跡のような細い道に変わった。今までの快適な登山道からあまりにも変わってしまったので、道を間違えたのではないかと思ったほどだ。
ガイドの説明では、そんなに大変なように書いていないのだが、すさまじい岩峰が待っていた。もしかしたら、雨が降っていて、雲で展望もきかないからよけい大変に思えたのかもしれないが、ともかくすごい岩場であった。
踏み跡程度の道が続き、潅木の中に入ると木々を掻き分けて進まなければいけない。岩場の道は、雨で濡れているため踏み跡がはっきりしない。しかも岩場は切り立った崖である。これが延々と続く。
ガイドブックには確かに「前赤石の岩場は特に注意」と書いてあったけど、この表現は軽すぎるのではないかと思ってしまう。
これで時間がかかった。
さらにようやく山荘との分岐に着いた。ここが石室越のようだが、指導標がとんでもなく古いもので、鉄でできているのだが、それが赤く錆びていて、その上に白のペンキで東赤石、山荘と書いてある。
指導標に従って進む。ここからは八巻山に至る岩峰をたどることになる。
ここからがまた、すさまじい悪路の連続であった。こんなのが一般登山道なのかと叫びたくなるほどの険しい道である。
道はかすかで、ルートを誤らないようにするのが大変である。大きな岩を越えていくが、雨で滑りやすい。ここでも時間がかかった。
もし、時間の余裕を作っておかなかった、このすごい岩場の中であせって、パニクっていたかもしれない。そんな時が、一番滑落の危険があるのだ。
大きなピークを越えてようやく八巻山の山頂の着いた。もう11時になっていた。
この山頂は大きな岩がいくつもあるところで、山頂の表示はない。岩の上に祠が祭られていて、そこには八巻権現と書かれていた。
この山頂から、すぐ隣にりっぱな山が見える。これが東赤石山である。
なんか、やっとここまで来たという感じである。
4日間のフィナーレに相応しい、すさまじい岩場の道であった。
八巻山から下って、ようやく赤石越えに着く。ここから下に向かうのが下山路である。
ザックを置いて山頂に向かった。山頂まではわずか10分の距離である。
潅木の中の道を登って行くが、山頂直下は大きな岩を越えて行くことになる。
12時少し前に赤石山山頂に着いた。山頂には自分一人で、大きな声で万歳を叫んでしまった。
空が明るくなってきた。日も照ってくる。すぐ隣に聳える八巻山の姿がすごい。
あれを越えて来たのだと思うと、けっこう感動してしまう。
赤石越えに帰って来たら、夫婦連れ2人が登ってきた。登りに3時間半もかかってしまったと言っていた。私はこれから1時間50分で下らなければいけないのだ。
今、1210分である。バスの時間は215分。
普段の自分なら、1時間50分の下りは1時間15分ほどで下ってしまうのだが、今は疲れ果てている。間に合うかどうか心配である。
ともかく急いで下る。
ところが、この下りの道がめちゃくちゃに歩きにくい。大きな岩が転がっていて、その上を越えて行かなければいけない。そして段差が大きい。
めちゃくちゃに疲れた。
歩き始めて1時間半、沢に突き当たる。ここは赤石山荘との分岐である。
ここからバス停までは1時間以上歩かなければいけない。あせって走るように下って行く。途中、林の木の間越しにすごい滝をみた。
筏津、瀬場の分岐に着いたのは1350分。さらにあせる。ここからは本当に走った。
車道に出たのは145分であった。この登山口の前にはベンチが置かれていた。
瀬場のバス停を探そうとして、村の人に訊いたら、この区間は自由区間だからどこからでもバスに乗れるのだそうだ。登山口のベンチに座って待つことにした。
空も晴れて日がサンサンと照っているので、この間に少しでも濡れたものを干すことにした。一番濡れているのは雨着で、これをベンチに広げて乾かした。あと、カメラが湿気で曇ってしまっている。これも乾かすことにした。
4日間、雨に降られっぱなしだったのに、下山するとこんなに晴れている。私は雨男かと思ってしまった。
定刻を少し過ぎて、バスがやってきた。
伊予三島までは1時間20分のバスの旅である。


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この時は毎日の雨ため、
カメラのレンズが結露してしまって、
画像がはっきり写らなかった。


西山手前の分岐


銅山越えの石仏


西赤石山山頂


石室越えの分岐


雨の中、岩場を行く


八巻山山頂


東赤石山


東赤石山山頂


東赤石山荘への分岐


滝があった


登山道入り口





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