2004/6/28

標高 2041m
焼走りキャンプ場→1:20→噴火口→40分→五合目→20分→六合目→30分→平笠不動小屋→1:00→岩手山山頂→30分→八合目避難小屋

私は、かって八幡平に行ったとき、「これでは登山ではない、いつか岩手山から縦走いてここまで来てやる」とと誓った。それをいよいよ実行するのである。天気は快晴、すばらしい登山日和であった。
キャンプ場から岩手山


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大更には1時間遅れで到着になってしまった。
この駅は無人のようで、切符は改札の横に置かれた箱に入れるのだ。
駅の前にタクシーがいたらそれに乗ろうと思ったらタクシーはいなかった。
しかたがないので町の中を歩いて行く。たいていは駅前にタクシーの営業所があるものなのだが、それがない。
歩いてゆくと、なぜか飲み屋街に紛れ込んでしまって、酔っ払いがウヨウヨしている。その迎えのためのタクシーは何台か見ることができた。
ともかく速くこの酔っ払い地帯から抜け出そうとして急いだら、すぐに町の外れに出てしまった。目の前に郵便局がある。
持ってきた地図を見ると、どうも道を間違えている。
ここまで来たら、仕方がないので、焼け走りキャンプ場まで歩くことにした。
距離は9kmほどである。
私は時々、こんなバカなことをしてしまう。
おとなしくタクシーに乗ったら、3000円ほどの出費で、わずか10分ほどでキャンプ場に着けるのに、無駄な労力を使ってしまうのだ。
しかも、もう10時半である。キャンプ場に着くのは1時くらいになってしまうではないか。
家を出る前に、念のためと思って、インターネットで焼走りまでの地図をメモしてきた。印刷すればよかったのだが、プリンターの調子がおかしかったのと多分使うことはないだろうと、簡単な手書きの略図をもってきたのだ。
これを使うことになるとは思わなかった。
まず、駅から最初に入る道を間違えた。
飲み屋街を通り過ぎたら、人影がまったくなくなって、目の前に郵便局があった。これで道を間違えていることがわかった。
簡単なメモしかもっていないのでちょっと迷ってしまった。
ようやく、駅から来る道を見つけた。けっこう細い道でわかりにくい。
これで間違いないはずだが…と歩いていったら、焼走りと書いた案内が建っていた。おかげで道が間違っていないことが確認できた。
暗い道をひたすら行く。
所々人家の建つ道を行くのだが、困ってしまうのは犬に吠えられることである。私は気が弱いので、犬に吠えられるとけっこう、恐いのだ。
でも、犬にしてみたら11時を過ぎた真夜中に、一人でトボトボ歩いてくる大きな荷物を背負ったヤツというのはいかにも怪しいと思うのはあたりまえかも知れないのだが。
1軒の家で犬に吠えられると、次々と連鎖していって、近所の犬がみんなで吠える。縄張りからはやく出て行けといっているのだ。
こんなことなら、タクシーに乗るんだった。
左手にけっこう大きな工場を見て、そして広い川を渡る。
ようやく高速道路東北自動車道の高架下に着いた時は、歩き始めて1時間たっていた。
いままでは人家の中を歩いてきたのだが、ここからは完全に人気のない道を行く。
この真っ暗な山の中を一人で歩いて行くというのは、通りかかる車に気を遣ってしまう。運転者からみたら、いかにも不気味だろうと思う。人が歩いているはずのない深夜、真っ暗な山道を灯かりもつけずに大きな荷物を背負って人が歩いている。突然、ヘッドライトにそんなのが浮かび上がったら、幽霊ではないかと思ってしまうんではないか。
こっちにしたら、こんな山の中を、こんな深夜にどうして車が通るんだと思ってしまうのだが。
道は直線で、ゆるやかに山に向かって登って行く。
ようやく道が左に大きく曲がる。
焼走りキャンプ場まであと30分くらい。
この間が長かった。
ようやく前方に灯かりが見えてきた。
時間はもう1時近かった。
さて、キャンプ場を探す。
広い駐車場があって、その灯かりの下でテントを組み立てて設営場所に運んだ。
シュラフに入ったらもう1時半になっていた。
タクシーなら15分もかからずに来れるのに、こんなバかなことはするんじゃなかった…と反省して寝た。


628

4時半に目を覚ました。しかし、眠い。まだ3時間した寝ていないのだから。
テントから這い出したのは6時であった。
快晴である。
目の前に岩手山が、本当に富士山のような姿で聳えていた。すごい。
来てよかった、と思った。
ともかく食事の準備。
…といっても、お湯を沸かしてチキンラーメン」を作るだけである。
沸騰したコッフェルのお湯にチキンラーメンをほうり込んで、ふたをして3分間待つ。
これを食べた後は、もう一度お湯を沸かしてコーヒーを飲む。
これで朝食はおしまい。
荷物を全部収納して、出発したのは7時であった。
登山口の手前に「焼走り展望所」がある。
焼走りというのは岩手山が噴火したときの溶岩流のあとなのだ。
階段を昇って上に出ると、溶岩が累々とするその向こうに岩手山を眺めることができた。
岩手山の山開きは71日なのだそうだ。
岩手山は一時、噴火活動が活発化して、登山禁止になっていたのだが。
私はこれはずいぶん前のことで、今はもう関係ないだろうと思っていたのだが、そうではなかった。
登山口には、山に入るにあたっての注意が大きく掲示されていた。
帰ってきてからわかったのだが、去年まではこの焼走りコース以外の登山道は閉鎖されていて、今年の山開きから初めて全コースが解禁になったのだ。
樹林の中の道をゆっくりと登って行く。
今回失敗したのはステッキを持ってこなかったことである。20kmの荷物を背負って歩いて行くと、やっぱりステッキが欲しくなる。
樹林の中の道はけっこう長い。この登山道のすぐ左は「溶岩流の跡」になっている。要するに焼走りに沿って登っているのだ。
ガイドブックで噴火口まで1時間20分となっているのだが、2時かもかかってしまった。
ここでは樹林を抜けて展望が開ける。
岩手山を見上げると赤茶けた火山土に覆われて、富士山の山肌とそっくりである。
道は斜面を右にトラバースして続いている。
お花畑になっていて、道にはロープが張られていてこの高山植物を保護している。
コマクサの大群落が続く。
コマクサというのは本当に好きである。
高山植物の女王といわれる。本当だ…と思う。
私がコマクサを知ったのは、松本に転勤した最初の夏に日本アルプスに出かけるために買った「夏山Joy」という雑誌でである。
山と渓谷社が毎年夏山シーズンにあわせて発行する夏山特集である。その本の表紙にこのコマクサの写真が載っていた。中の記事でも白馬山でこのコマクサが見れると書いてあった。今から30年も前のことなのだが、そのときでも、白馬ではコマクサはほとんど見ることができなくなっていた。
その後、私はたくさんの山に登って、いろんな高山植物の美しい花を見てきたのだが、それでも、今も、高山植物の一番はコマクサなのだ。

今の時期、梅雨の最中なのだが、私はこの6月・7月に山に登ったことはほとんどなかった。それは仕事の関係もあって、私が勤めていた会社では7月が営業のキャンペーン月で、その準備のために6月も大忙しで、この6・7月はほとんど休みがないのだ。
それと、今までは、梅雨の天気の悪いときに山に登ってもしょうがないではないかと思っていた。
ところが、この時期、山は花が一番きれいなときなのだ。私の夏山は連続休暇がとれる盆休みがほとんどなのだが、この時期では花を眺めるには遅いのだ。
いつもまにか空は雲におおわれて、下から霧が湧き上がってくる。
でも花を眺めながら行くと、すこぶる楽しい。
5合目に着く。
黒い指導柱に「ツルハシ」とかかれていた。
ここから下って行く道がある。私の持っているガイドブックの地図には書かれていないのだが。
さらにトラバースする道を行く。
登山道は山腹をほとんど水平に横切って行って、いつになったらきつい登りになるのか心配になってしまう。
6合目に着いた。
ガイドブックには「三十六童人」と書いているので、その石仏があるのかと思ったら石の祠があるだけだった。錆びた古い宝剣も置かれていた。
この石の祠の前に古い石柱がある。裏を見たら   5年と刻まれていた。江戸時代のものだ。
道はここから左に曲がって、きびしい登りが始まる。
樹林帯を行くと分岐があって、右「平岩避難小屋」と書かれている。私の地図には平岩不動小屋跡と書かれているのだが、小屋は使えますとわざわざ書かれていた。200mほどなので行ってみることにした。
新しくてすばらしい小屋が建っていた。この小屋のデッキに立って見上げると岩手山が目の前に大きく聳えている。いい小屋である。ただし、水場が見当たらない。
分岐に戻って、山頂を目指す。樹木はなくなって、火山特有のガラガラの道を急登する。
見下ろすとさっきの小屋が見える。
40分ほど息を切らして登ると、ようやく稜線に出た。ここは火口の外輪である。
鋸の歯のような山並みをみせているのは  鬼ヶ城である。この稜線が私が今日のゴールにしている松川温泉に続いている。
真ん中に火口丘が高く聳えていて、それを外輪山が囲んでいる。
山頂は外輪山の一番高いところ。左に行く。道に沿って点々と石仏が置かれている。
山頂は広くて、下界の家々が小さく見えた。
石仏があって、岩手山と書かれた標識が立っている。
私は20年ほど前に今日と同じコースを登っているのだが、すっかり忘れてしまっていて、今日が初めてみたいな感じ。
山頂には私一人であった。
時間は1時半であった。
食事をしながら考えた。これから松川温泉までは3時間半かかる。今回はテントを背負っているのでペースがものすごく遅い。めんどうだから今日は8合目避難小屋に泊まってしまおうか。これが結論になった。
決めてしまったら気が軽くなって、ルンルンの気分で下山を始めた。
不動平への下山口は、この外輪山の反対側にある。石仏を見ながら下って行く。
下山口の手前に斜めに下って行く道があったので、この道をとった。大粒の砂の道で、富士山の砂走りみたいな道である。これを走るように下って、不動平に着いたのは2時。
その途中で不動平には2軒の小屋が建っているのが見えた。そしてこれから左に離れて立派な三角屋根の小屋が見える。この立派な小屋が避難小屋のようである。
不動平の2軒の小屋は私の地図には書かれていないのだが。
小屋は石積みで出来ていて、中を覗きたかったが戸は開かなかった。もう一つの小屋はトイレなのだそうだ。
8合目避難小屋に急いだ。なんか今日は疲れてしまった。
小屋に着いたのは2時を少し過ぎた頃。
小屋の前には水場があって、2つの栓から水がトウトウと流れていた。よかった。泊まるに当たって水だけが心配だったのだ。
小屋の中に入ってみると、ものすごく暗かった。窓がめちゃくちゃに小さいのだ。
中は出来るだけたくさんの人が泊まれるように、多段ベッドになっている。ただし、その間隔が狭くて、頭がつかえてしまう。
この暗さと居住性の悪さ、なんとかならないんだろうかと思ってしまう。
仕方がないので、通路にシュラフを敷いた。
外に出て食事の支度をした。小屋の前にベンチが並んでいるのでこれを使う。
今回は新しく買ったチタンのコッフェルでご飯を炊いてみるつもりなのだ。ご飯を炊くというのは時間がかかるので嫌なのだが、今日は時間があり余るほどある。
みごとに失敗した。吹きこぼれるので蓋を開けたまま炊いたのがよくなかったみたいだ。
半煮えで硬くて食べれない。仕方がないので水を足してもう一回炊いた。それでも半煮えなのでもう一度水を足した。それでなんとか食べれるようになった。
でも、やっぱりなんか家で食べる飯よりもはるかにまずい。
おまけに、新品のチタンのコッフェルが黒く焦げ付いて、その黒がとれない。
ともかく、ご飯を炊くのはこれから経験を積んでいくしかない。
4時には食事も終わってしまったので、することがない。おまけに風が強くなって、霧がでてきた。さっきまで、すぐ目の前に岩手山の山頂を見ることができたのに、すっかり雲に隠れてしまった。
仕方がないので寝てしまうことにした。
うとうとしていたら、5時頃に登山者が1人入って来た。


NEXT 大深岳

1987年岩手山登山へ


テントを張った


今朝はすばらしい天気


焼走り登山口


焼走り展望所


登山道を行く


登山道の指導標


「噴火口」という地点


「噴火口」から山頂を見上げる


コマクサの群落があった











五合目(ツルハシ)


山腹をトラバースしてゆく


六合目(三十六童人)


平岩避難小屋


小屋の中、きれいだ


火口縁に登り着く


火口が広がっている


山頂への道


岩手山山頂


不動平への降り口


不動平と小屋


八合目避難小屋


小屋の前の水場



山頂から


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