2004/7/26

標高 2105m
飯豊連峰を縦走する。二度目の登山なのだが、どうせ登るのなら花が一番きれいなときにしようと思っていたのだ。
途中ですごい雷に会ったりしたが、すばらしい登山だった。

飯豊本山


725

飯豊山に登ることにした。
北海道から帰ってきてあまり日も経っていないのだが、32日で飯豊に行く。
なにしろ、登山がしたくて会社を辞めたのだから、花のきれいなこの時期に山に行かなくてどうするというのだ。
登山口はJRの山都駅。ここからバスで川入まで行って、登り始めるつもりだ。バスの時間を調べると、今の時期は山都駅発840分と1330分がある。ともかく無職の自分なので時間は有り余っている。のんびり行くことにして1330分のバスに乗ることにした。そこから逆算すると仙台発は10時頃の新幹線ということになる。

川入のバス停から歩き始めると、すぐに集落の中に入って、それはみんな飯豊鉱泉の民宿であった。すぐに集落を抜けて川の流れに沿って歩いて行く。
私のガイドブックには登山起点になる御沢小屋まで30分と書かれているのだが、35分かけて着いたのは立派なキャンプ場のようなところであった。
新しい建物が建っていて、トイレとか水場もきれいである。
登山届けを受け付けるところがあったが、誰もいなかった。
この建物の少し奥に登山口があった。
しばらく樹林の中の平坦な道を行くが、やがて急な道になった。
すごい急な登りが続く。疲れた…と思う頃に着いたのが「下十五里」。少しここで休憩。
ここから順次、中十五里・上十五里と続く。
登りついた稜線が「笹平」である。
展望が開けたと思ったら、すぐに再び樹林の中の道になってしまった。
私は今日の泊まりを地蔵小屋のあたりと思っていたのだが、途中出会った登山者の話しを聞くと、その小屋は今はもうないらしい。小屋の跡は多分広場になっているだろうから、そこにテントを張ることはできるだろう。困るのは水場なのだが、私のガイドには地蔵小屋裏に水場があると書かれている。何とかなるだろう。(ところが何ともならなかった)
分岐点に出た。右に行くと「地蔵小屋跡」で左に行くと水場経由で「剣が峰」とある。予定通り地蔵小屋を目指すことにした。
ところが、この道はめちゃくちゃに荒れていた。涸れた沢の中を行くのだが、ほとんど人が通らないような道で、薮が覆っていたりする。
行けど行けど小屋に着かない。
ほとんど地蔵山山頂と思われるところで、やっと地蔵小屋跡の指導標があった。時間はもう6時になっていた。
ところが、この小屋跡はすさまじく狭いところであった。こんなところに本当に小屋が建っていたのかと疑いたくなるようなところであった。少し広くなった登山道の傍らに古い材木が積んである。これが小屋の跡なんだろう。
仕方がないので、草が生い茂る上に強引にテントを張った。
心配した通り、水場なんてどこにもない。念のために2リットルのポリタンと0.5リットルのペットボトルを満タンにしておいたのだが、正解だった。


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4時過ぎに起きたのだが、朝食とかテントを畳むのに時間がかかって、出発できたのは610分であった。
小屋から少し行くと広場に出た。ここなら小屋が建っていても不思議ではない場所なのだが。
ここは地蔵山に登る道の分岐でもあった。一つでも多くの山頂を踏みたいので地蔵山に立ち寄ることにする。ピークにはすぐに着いた。山頂の標識もないさみしい頂上で、展望もよくない。すぐに引き返した。

急な道を下ると道が合流する。この道が水場経由で剣が峰を目指す道なのだ。
これまでは北を目指していた道が、ここから西に向かうようになる。
行く手にはすごい高さで聳えている山があって、これが三国山である。
そして、地蔵山と三国山を結ぶ稜線は切り立った痩せた尾根であった。
当然のごとく鎖場がある。
戸隠山の「蟻の戸渡り」を思い出してしまった。
剣が峰はこの痩せた稜線のなかのピークである。
ここを下ったところに水場の表示があった。
昨夜の野営でほとんど水を使いきっているので、水を汲みに行くことにした。
すさまじく急な道を下る。往復で1時間もかかったりして…などと心配したが、水場はすぐにあった。ポリタンがいっぱいになって、やっと安心できた。
休憩しながら三国山を眺めるが、すさまじい断崖となって切れ落ちている。すごい。
ここから急な岩場の道を登って三国山山頂にたどりつく。7時半であった。
三国山は山頂のほとんどを小屋が占めている。ところが、この小屋は現在工事の真っ最中。
その片隅で休憩。
ここでは7人の登山者が休憩していた。彼らは今朝、切会い小屋を出てきているのだ。
縦走路がずうと続いている。飯豊はつくづく雄大だと思ってしまう。
ここから再び道は北を目指す。
1時間ほど歩くとピークについてこれが「種蒔山」。このあたりはお花畑になっていて、色とりどりの花がきれいである。そして行く手には緑の山腹に白い雪渓が輝いていて、飯豊の山は本当に美しいと思ってしまう。
切合い小屋に着いたのは9時少し過ぎであった。このあたり、雪渓が広がっている。
ここから一登りして草履塚にに着く。
これを下ると鞍部に出て、そこにはおばあさんの石仏が置かれている。「姥権」という。
いよいよ飯豊本山への登りが始まるのだ。ガラガラの道を急登する。1時間ほど登ってようやく肩らしきところに着く。いつのまにか雲が出てきて、周りは真っ白になってきた。
小雨が混じるようになったので傘をさす。
傾斜はゆるやかになった。山頂まではもう一息。
…と思ったら、ドカーンというすさまじい音。何事かと思ったら、これが雷の始まりであった。すぐに雨が強く降り出す。
間近ですさまじい雷の音、閃光がひらめく。
ここで雷に打たれて死んでしまうんだろうか、と本気で思った。
山頂はもうすぐのはずである。傘はたたんで急ぐことにした。
10分ほどで山頂小屋に逃げ込むことができた。助かった…と思った。
小屋には3人ほど先客がいたのだが、休んでいるとどんどん登山者が逃げ込んでくる。
雷が止むのを待ちながら、小屋の中を見回していると、今の時期の避難小屋は有料だということがわかった。この夏の時期は管理人が入って、12000円なのだそうだ。
1時間ほど待っていると、雷が遠のいて雨も上がった。
予定通り今日の宿泊予定の御西小屋をめざすことにした。
飯豊本山からは快適な縦走路である。
これで展望が開けていたら最高なのだが。
1時間ほど歩いて御西小屋に着いた。本当は今日のうちに飯豊山系の最高峰「大日岳」を往復するつもりだったのだが、遠くで雷の音がするし、雲の中で何も見えないので明日の朝に往復することにした。
小屋で幕営の手続きをしたが、そのとき管理人からとんでもない話しを聞いた。
私が下山路に予定していた「石転び雪渓」が通行禁止になっているのだそうだ。
やばい。
飯豊山荘に下るためには、更に北股岳・門内岳と縦走して「扇の地紙」から梶川尾根を下るしかないということになる。2時間ほど余計に時間がかかってしまう。今日、大日岳を登らなかったので、時間はさらに窮屈になる。
飯豊山荘発のバスは最終1547分である。困った。
…かと言って、最高峰の大日岳に登らずに帰ることは絶対にできない。
明日は早朝4時から登山を開始することを決意して、早々に寝た。

NEXT 大日岳・北股岳

山都駅からの川入行きバス


飯豊鉱泉の民宿の中を行く


登山道入り口


下十五里


地蔵小屋跡にはすごく荒れた道を行く


とりあえずテントを張った


三国山への痩せた稜線


剣が峰。奥が国見山


こんな鎖場を登る


国見小屋、改装中


七森への登り


種蒔、切合小屋は近い


切合小屋を振り返る


草履塚山頂


姥地蔵


飯豊山神社






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