てかりだけ

標高 2591m
易老渡→2時間→面平→2:30→小ピーク→50分→易老岳→1:10→三吉平→1:40→光小屋→20分→光岳山頂

日本百名山の南アルプスでただ一つ残っている光岳に出かけた。二日目に山頂を踏んだのだが、その帰り、もう30分ほどで登山口につくというところで、足をすべらして捻挫。はいずるようにしてなんとか下山したが、あとでよく調べたら骨折していた。
光岳山頂

2007年南アルプス全山縦走の記録

1998年1010

夜の10時に家を出た。この週末は天気がよいというので山に行くことにしたのだ。
目指すのは南アルプスの光岳である。この山を登ると百名山の残りは2つになる。
一般道をまっすぐに西に向かって、藤岡から上信越自動車道に入って、佐久ICでおりた。
佐久から白樺湖を通って茅野に行き、そこから高遠に向かう。
高遠から国道をまっすぐ南下したら上村の登山口に着けると思っていたら、途中、工事があって全面通行止め。しかたがないので、伊那に抜けて、再び高速道路に入った。
飯田でおりて、そこから上村へ。
易老渡までの道はすごかった。剣山を登ったときに見た、四国の山の中の村を思い出してしまった。とんでもない急斜面に、へばりつくようにして家が建っているのだ。そんな断崖絶壁の続く道を車を走らせて行く。
1
時間ほどで易老渡に着いた。ここから山頂までは8時間半ほどの登りである。
飯田のIC1時間ほど車の中で仮眠したけれど、間違いなく睡眠不足。
まず橋を渡ると、すぐに急登が始まる。最初の目標は標高1500Mの「面平」。2時間かかる。
途中はいかにも南アルプスらしい原始林の中の道である。倒れた木に苔がむして、登っても登っても終わることのない急登。この困難さというのが南アルプスの良さだ。
易老岳には12時過ぎに着いた。ここはまるで展望がきかなくて、単なる分岐点みたいなところであった。
ここから尾根道を歩く。ただし、うっそうとした林の中の道である。
一旦下って、また登り返す。
登りの道は涸れた沢のようになっていて、大きな岩がゴロゴロ転がっている。
この沢を登り詰めると展望が開けて、後ろに聖岳が見えてきた。
昔、あの山を登った。水がなくてすごく苦労したことを覚えている。
原っぱのようなところを歩いていくと、水場があった。湧き水である。地図にはのっていなかったけど、今年は雨が多かったから水が湧いているようだ。今夜の炊事用にとポリタンをいっぱいにした。
木道が現れ、その向こうに小屋が見えた。きれいな小屋である。
テントを張るつもりで来たのだが、中を覗くと管理人もいなくて無料のようなのでこの小屋に泊ることにした。
小屋に荷物をおいて、すぐに光岳頂上を目指した。
20分ほどで頂上に着いた。
頂上はやはり木に囲まれていて展望はきかない。山頂には串団子のような形の標識が立っていて、その各々の丸の中に光岳という字が書かれていた。頂上の少し手前のところに視界が開けるところがあって、ここから聖岳がよく見えた。上河内岳と茶臼岳はどれだろうと探してみたが、よくわからなかった。
頂上を通り過ぎて、林を抜けたところにやはり展望の開けたところがあって、そこから下に光石が見えた。
光岳の由来はこの石が光って見えることによるらしい。
失敗があった。マットを家に置いてきてしまった。
そのかわり車のトランクに入っていたシートを持ってきたのだが、薄い。安眠はできそうもない。シュラフも一番軽いのを持ってきたため、けっこう寒い。
持ってきた衣服雨具を全部着込んで、ウイスキーを飲んでいたら、いつのまにか寝てしまった。本を持ってきていて、これが「栄光の岩壁」。明日の悲劇を暗示する物語である。
夜、11時くらいに目が覚めた。寒い。このシュラフは絶対に真夏用だ。次からは気を付けよう。

10
11日(日)

朝、5時頃に目が覚めた。晴れ。
小屋の窓からきれいに富士山が見えた。朝日が富士山の右肩から昇ろうとしている。
カメラとビデオを持って、外に走り出た。
やっぱり山の朝はすばらしい。それも富士山からのご来光となると、まったく絵に描いたようである。
6
時過ぎに小屋をでた。
途中、もう一つのピーク、イザルガ岳に立ち寄った。
そこからは富士山と聖岳がきれいに見えた。
7
30分頃に分岐まで戻って、そこから一気に下る。
11
時頃、登山口の易老渡まであと30分くらいというところで足を滑らせてしまった。
骨が折れたようなすごい音がした。15分くらい、うずくまってうなっていたが、なんとか感覚が戻ってきた。足を地面に着けると痛い。しかしそれでもともかく下まで降りなければいけない。
この、足を引き摺っての1時間30分は地獄のようであった。杖を持ってきていてよかった。
途中、間違ってまた足をぶつけてしまった。このときは最初の足をくじいたときよりもさらに痛かった。
うなっていたら、後からきた人にやさしい声をかけてもらって、うれしかった。登山口で待っていてくれて湿布薬をくれた。
12
30分。車に乗って、帰る。
足が痛いけれども、それでも松本に寄った。飯田から高速道路に入って松本で降りる。
「とりでん」でラーメンを食べるためである。

例によって大盛りを頼んで満腹になって、それから三才山峠を越えて帰り道についた。
上信越自動車道には入らなかった。渋滞がすごいらしいのだ。9時過ぎに家に着いた。

後日談
次の日、病院に行って、足首のレントゲンを撮ってもらったが、捻挫だということで、テーピングをしてもらった。ところが、どうにも痛くてしょうがないので、もう一度診察してもらったら、足のすねの骨、ヒ骨が折れていることがわかった。痛いはずである。
これで、この年の山は終わった。


易老渡の登山口


面平


面平付近の登山道、このあたりはたいら


易老岳山頂


易老岳の分岐の標識


三吉平


向こうに小屋の屋根が見える


光小屋


光岳山頂


光岩





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