あかいしだけ

標高 3120m
南アルプスの大縦走計画をたてた。5日間で茶臼岳から北岳まで縦走するというものだった。しかし、赤石岳山頂で台風に遭って、みごとに挫折した。
忘れられない山である。
聖岳から見た赤石岳

BACK 聖岳

1983年
14

まず小兎岳に登る。快晴であった。
いったん下って、中盛丸山に登りかえす。縦走路からみると、すばらしい端整な山であった。
大沢岳に登って、百間洞露営地に下った。昨日はここに泊まるはずだったのだ。
露営地からザクザクの道を登っていくと百間平に着く。1時少し前であった。
このあたりで、天気がくずれてきて、霧にまかれた。
頂上付近ではすごい暴風雨になった。午前中の快晴はいったい何だったのだ、と叫びたくなるほどの天気の急変であった。
とりあえず、頂上を踏んだが、風で体が飛ばされそうになる。
台風が来ていたのである。天気図で、台風が日本列島の南を通過中だというのは知っていたのだが、これが進路を変えて上陸してきたのであった。
赤石岳避難小屋を探した。それは頂上の窪地のようなところに建っていた。
ここで一夜を過ごすことになった。

一晩中嵐が吹き荒れた。窓が壊れていて、そこには青いビニールシートが張られていたのだが、それが風で大きく剥がされ風雨が吹き込んでくる。このときは同宿者が5人ほどいたのだが、とんでもない夜であった。私はテント(シェルター)をシュラフカバーの代わりにして濡れを防ぐことができた。

 
815

まんじりともしない夜が明けて、ともかく下山することにした。この避難小屋に泊まった人全員の意見である。赤石尾根を4時間かけて駆け下りた。椹島には昼前に着いたが、ここから出ているはずのリムジンバスは嵐で運休してるという。さらに悪いことに川がどんどん増水していて、途中に掛けられている橋が流されそうだという。これが流されると、帰れなくなってしまう。
仕方がないので、風雨の中、畑薙ダムまで歩くことにした。この間約12kmである。長い長い林道歩きであった。
これは疲れた。
畑薙ダムになんとかたどり着いたが、ここから井川駅へ行くバスがない。道路が不通になっていて、開通のめどはまったくたっていないという。
一難去ってまた一難、波乱万丈である。
この夜は、ダムのバス停のベンチで寝た。

816

明けて5日目である。今日で夏休みは終わってしまう。
ともかくバスがきてくれるのを祈るしかないのだが、バスは来ない。どうしようと困っていたら、トラックが来るという情報が入った。緊急の場合なので、トラックの荷台に乗れるという。荷台であったが、しっかり料金は払わされた。
井川に着いて、大井川鉄道に乗り込めたときはほっとした。
電車に乗り込んだものの、雨具のままで、全身ずぶぬれ、座席シートにも座れないかっこうであった。
結局、南アルプス全山縦走の念願を果たしたのは翌年である。南アルプスを登り始めて4年目の夏であった。

NEXT 悪沢岳


小兎岳から兎岳を振り返る



中盛丸山山頂



百間平



赤石岳避難小屋



畑薙第一ダムのバス停ベンチで寝た




小兎岳山頂


小兎岳山頂にて
後ろは赤石岳、雲がかかってきた


これから登る中盛丸山





総合TOP My日本の山  My日本の道  日本の旅  自己紹介















SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送